第25話〜敗北〜
――――ルウ達の戦闘開始と同時刻、玻座真学校校庭―――
何度目だろう?
と、かすれる意識の中、クレアは考える。
何度目だろう?こうやって立ち上がるのは。
血と土にまみれた体を必死で起こす。立ちあがって、拳銃を構え、敵を見据える。
その瞬間、クレアは蹴り飛ばされる。
もう何度目か分からないほど吹き飛ばされ、たたきつけられ、そして立ち上がった。
戦闘、とはと言うにはあまりに一方的な攻撃。それをシイナは延々と続けていた。拳銃を自分に向けられると同時に、蹴り飛ばす。
そんな行為を、もう数え切れないほど。
「ククク……なあ、てめえさ、私に勝てるとか思ってんだろ?無理無理。私、死なないから。まあ、死ぬこともできるけど、まず死なないから」
そう言って希望を断たれても、クレアは心を折らずに立ち上がる。
目はかすれ、照準はもちろん、立ち上がる力さえも能力に任していても、心だけは、あきらめない。
「おいおいおいおい!てめえ、もうほとんど気ぃ失ってるだろ!?てめえの能力に頼り切って戦闘って、どういう神経してんだよ?」
シイナの驚くような声ももう、ほとんど聞こえない。
「わ………わたし……は……護る……んだ……」
うわごとのように呟いて、銃を構える。
すると、一切の容赦なく、シイナに蹴り飛ばされる。
空中を飛び、地面にたたきつけられ、そして、すぐさま立ち上がろうと力を入れる。
「おいおいおい!まじかよ……!てめえ、正気か!?てめえの後ろにいたやつなんかビビってなんもしてこねえんだぜ!?それなのに、なんでてめえみたいなガキが……」
後ろにいたやつ、って……お姉ちゃん……?
靄がかかったような頭で、ぼんやりと考える。
姉は、戦闘に一切参加してない。
それは能力は弱すぎて足手まといになると判断したのか、それとも単に怯えているのか。
クレアはどちらでもあるような気がしたし、どちらでもよかった。
お姉ちゃんに、辛い思いはさせられないよ……。
全身が引きちぎれるように痛い。傷口に土やら砂やらが入って痛む。呼吸がまともにできない。能力の補助を含めても、もう力が入りにくい。こんな思いを姉たちにして欲しくない。
「だから!何度も言ってるだろ!?私は、死なねえんだって!無駄死にだぞ!?このままじゃ!」
あきらめろ、と言うようなシイナの言葉に、クレアは嗤って答える。
「だから、なに?……あなたは『死ぬこともできる』と言った……。なら、対処方法は、簡単……。『もう死にたい』って思うまで……痛めつければいいの……。拷問のし方なら、いつもされてたから、覚えてるし、道具もいっぱい作ったし……捕まえたら、じっくりたっぷり、試してあげる。あなたの……その……体で、ね」
その瞬間のクレアはもはや虫の息で、蚊が鳴くような声だったが。
シイナに十分の危機感を抱かせるほどの、迫力があった。
「ククク……おもしれえ!遊んでやろうと思ってたけど、もうやめだ!てめえは私の敵だ!きっちりしっかり、殺してやるぜえ!!」
立ち上がろうと、クレアが腕に力を入れた時だ。
「死ねや!」
うつ伏せに倒れていた体の上に、シイナがいた。
―――!!
首だけでその方向を向き、愕然となる。
今までのような遊びでなく、本気で殺しにかかっていることがありありと分かった。
振りかぶる手は開いた状態で、その爪にはナイフのようにとがっている。それを吸血鬼の膂力で差し込まれたら……。
戦いの中に身を置いてきた彼女でなくとも、その結果は理解できる。
……死ぬ。
今度こそ、死ぬ。
そう、クレアが理解した時。
ドッ
と。
クレアの中心が、熱くなった。
――――ああ、私、死ぬんだなあ……
どこか遠くの出来事のように、クレアは感じていた。
もちろん今でも背中は当然のこと全身が痛むし、苦しいのにも変わりないが、それでも、先ほどまでとはまるで違った。
自分が遠くに逝くという自覚。
それをした時、クレアの頭はいつもよりもクリアになった。
―――怖くは、ないなあ……
クレアはいつも死ぬ時は怖いものだとばかり思っていた。それなのに、実際死ぬと分かっても、それほど怖くはなかった。
―――お父さん、お母さんともお別れかあ……
その名前を思い出すと同時に漠然と、記憶が思い浮かぶ。
引き取られた時のこと、その次の日にあった家族の親睦会。
お父さんにもらったプレゼント。ああ、そういえばあんまり使ったことなかったなあ……
元の世界を出てかの旅、辛いこともあったけど、家族が一緒だったから、がんばれたんだろうなあ……
それから、この学校にきてから。
そうそう、いきなり喧嘩が始まって、克樹とかいう男が風羽の胸倉つかもうとして……
その時、沙耶と友達になったんだ。
友達、なんて初めてだったなあ……嬉しかったなあ……。
でも、もう沙耶とも会えないんだ……。
……私のお葬式で、沙耶は泣いてくれるだろうか?……きっと、負けるのは私だけだろうな。だから、その罰でお葬式もしてもらえないかも……
……なんかそれ、さびしいな。
そんなことが、次から次から思いつく。
だんだん、痛みがなくなってきた。
意識が薄れてきて、体の感覚がなくなって、どこか心地よくさえなってきて、そして、そして……
「……クレアっ!」
コトリの声を最後に。
クレアの意識は、終わった。




