第1話〜転校初日〜
どこにでもある、普通の世界。
平和な平和な、日本、東京、琴乃若。
私は、ここ私立玻座真学校の校門前にいた。
厳かな雰囲気を醸し出す黒い門に、レンガ造りの塀。そこには『私立玻座真学校』とやたら大きく名前があった。
資料で見た限りでは、この学校は広く、本棟と部室棟、寄宿舎に分かれている。
寄宿舎を利用するのは遠くから通っている生徒で、全校生徒の4分の1に当たるらしい。
この学校は小中高一貫の学校で、進学は全てエレベーター式。
よって、勉強にはあまり力を入れているわけではなく、クラブや行事に力を入れているようだ。
生徒会の権力は生徒の進退学にも関与できるほど強いらしい。
この学校は、子供たちが作り上げるひとつの国みたいなもの。
私はお父さんたちの話を聞いてそう思っていた。そしてこの学校はちょっとやそっとじゃ逃げられないような作りになっている。
つまり、社会のいいところも悪いところもまるごとひっくるめて箱庭にしたような、そんな学校。
「……私は、ここに……」
私は、そんな特徴の学校に転入することになった。
きっと、いろいろあるだろうけど。
できることなら、楽しみたいな。
私が思うことは、ただそれだけだった。
「……こんにちは、みなさん。今日からこのクラスで一緒に勉強することになった、クレア・ペンタグラムです」
玻座真学校小等部、4年3組の教室。机はクレアの分も含めて32ほど並んでいる。
6列あって、窓側の列と廊下側の列だけ、6人分席がある。
普段は騒がしいが今は静まりかえった教室。生徒たちはみんな、教卓のそばにいる少女を見ていた。
腰まで届く黒髪に、漆黒の瞳。
もうそろそろ夏も盛ろうかという季節なのに、裾が足首まであるジーンズ地のコートをしっかり着こんでいる。
彼女を、4年3組のクラスメイトは凝視する。
(うわ、かっこいい……)
ほぼ全員が、そう思った。
落ち着いた表情。理性的な瞳。孤高な雰囲気。女子にしては長身なので、さらにその印象を際立たせている。格好の奇抜さも、さらにその独自性を際立たせていた。
「えっと……しゅ、趣味とかはないの?」
簡潔な自己紹介をしただけで黙ってしまったクレアに、担任の教師が訊いた。
新人の女教師で、正義感が強く、生徒と教師の絆を信じているような、そんな教師。
クレアは担任に一瞥をくれることなく教室を見渡したまま、
「……ないわ」
とだけ答えた。
静かだった教室が、さらに静まりかえる。
「え、えっと……じゃ、じゃあみんなから質問はあるかな?」
担任はもはやそう言うしかなかった。
しかし。
「質問は受け付けない」
びっくりするぐらい澄んだ声で、クレアは言った。
彼女は教室を見回し、自分の席の見当をつけるとその席にそばに行った。
教室窓側、後ろから二番目。
「……この席?」
確認するように、クレアは言う。彼女は教師の無言を肯定と受け取り、その席に座る。
席に座ると彼女は腕を組み、荘厳に言う。
「授業はどうしたの? 私はいいから早くはじめたら?」
「え、え?」
戸惑いながらも、ほとんど言われるがまま教師はチョークを手に取る。
「えっと、じゃ、じゃあ……算数の教科書を出して……」
沈黙の中で、教師の声はよく響いた。
しかし、静寂はすぐにこそこそと話す声になり、気がついたころには、いつもの騒がしい授業に変わっていた。
「……」
クレアはそんな授業風景を、じっと、見つめていた。食い入るように、じっと。
授業が終わると、みんなクレアのもとに集まった。
みんながみんな、クレアに興味を示し、質問したいと思っていた。
しかし。
「……ごめん。私は質問には答えないわ」
そう言うと、教室から早々に立ち去ってしまった。
クレアが消えて、教室中がぽかんとなる。
「……フン! なんですの、あの態度!」
真っ先にそう憤慨したのは、高飛車な印象の女子。
彼女の名前は柊風羽。
琴乃若を代表する豪族、柊家の一人娘である。
この町、琴乃若は3つの豪族に支配されている。
財力の柊。
権力の帝。
暴力の祟。
この3家の言葉は、この町の言葉。
もちろんこの学校にも、家が持つ力は関わってくる。絶対的な経済力を誇る柊家。
彼女はその家の権力を重ね着て、クラスの中心的存在になっていた。
「そうです! 普通、クラスの権力者である風羽様に挨拶するべきなのに!」
取り巻きの女子が、同調して言う。つられて周りの女子も、「そうよね」とか「ほんとに失礼ね」とか言い始める。
「たしかになんであんなに無愛想なんだろ?」
心底不思議そうに、クラス1の美男子、神宮克樹が言った。
「緊張してたんじゃねえか?」
男子の一人が言った。それに触発されて、男子は口々に「そうだよ、緊張してたんだよ」とか「きっと照れ屋なんだ」とか言い始めた。
そんな状況を一人あたふたとしながら見ている女子、黒月沙耶。
「なんですの!? 男子はあんな女の肩を持つんですか!?」
風羽が、克樹をにらみながら言った。その声には異常なほどの敵意が込められていた。
「女子こそ、決めつけ過ぎじゃねえのか!?」
克樹もそれに怒鳴って返す。
「……えっと、……そうだ!」
今に男子VS女子の構図になろうとしている教室を、沙耶が何かを思いついて出たが、それに気づく者はだれもいなかった。
「おーい! いたいた!」
ぶらりと校内探索をしていたクレアは、声をかけられ振り返った。
本棟3階の渡り廊下。窓からはコの字型の校舎の形がよくわかる。
その中ほどにで、クレアは立ち止った。
「はあ……はあ……ど、どこまで行くつもりなのよ……ここから先は中等部で、小等部の生徒は、……はあ、た、立ち入り禁止………なのよ……」
さっきまで走ってきたのだろう、その女生徒は息は切れ切れ、上半身を屈して言った。
「……なにか用?」
クレアはとことん無関心に、そう言った。
女生徒、黒月沙耶はそんな態度に戸惑いつつも、
「……あの、あなたがあんな抜け方するから、クラスが、なんだか喧嘩、みたいなの、してて、それで、その」
「行かないわよ」
『一緒に来て』
と言おうとした矢先、クレアにそう言われた。
「な、なんで……」
顔を上げ、クレアを見ながら訊く。
「……男がいるから」
「……は?」
沙耶はその答えを聞いて、あっけにとられた。
「ど、どういうこと……?」
わけがわからず、訊く。
「……私、男の人が怖いの。だから、男が何人もいるところ、行きたくない」
先ほどまでの冷静な雰囲気はどこにもなく、クレアの表情には怯えの色が見て取れた。
沙耶はその様子を見て、今まで女子校に行ってたんだ、と見当をつけた。
「でも、行かなきゃ。これからずっと過ごすクラスメイトだよ?」
沙耶は諭すように言う。
「いや、行きたくない。きっと、みんな私を問い詰める。女の子の質問は大丈夫だけど、男の質問には答えたくない。男には私のことを知られたくない!」
なんでこんなに男の子を怖がるんだろう、と沙耶は思っていた。口にには出さなかったが。
「大丈夫、男の子の質問には私が答えてあげるよ。だから、ね?」
沙耶はできるだけ優しく、言った。彼女を早くクラスに溶け込ませてあげたい――
そんな純粋な気持ちでの言葉だった。
「……そ、そんなに言うなら、行ってあげる」
そして、その気持ちは通じた。
クレアはぶっきらぼうに言って、来た道を戻りはじめる。沙耶もそれに続く。
「……ねえ、趣味とかないの?」
歩きながらふと、沙耶は訊きたくなった。さっきはない、と答えていたが、もしかしたら知られるのが怖かっただけではないかと思ったからだ。
「……道具作りよ」
案の上、クレアは答えた。頬を指でかきながら、照れくさそうに。
「へえーそうなんだ。じゃあ、ねえ……。お姉ちゃんとかいるの?」
「……30人近くいるわ」
「へ、へえー。いっぱいいるんだ」
数の多さにびっくりするが、あまり突っ込まずすぐに気を取り直して、
「じゃあ、好きなタイプは?」
訊いてから、しまったと思った。クレアは男が怖いと言ったところなのに。
しかし、沙耶のそんな懸念はクレアの、
「男じゃない人」
という冗談めかした回答によって霧散した。
「あはは! 面白いね!」
沙耶は声に出して笑う。
「……そうね」
クレアは、表情に出さずに言う。
二人はもう、すっかり仲良くなっていた。
さて、ここでキャラ紹介などを。前作を見られた方も、そうでない方もこの物語を楽しめるよう、キャラについて知っていただきたいなあ……と、思ったので。
クレア・ペンタグラム(本名クレーシア)
あらゆる武器を触れるだけで即座に理解、使用ができる特殊能力『ユージュアクション』を持つ異世界の少女。
本名で呼ばれることを嫌い、会う人に必ずクレアと呼ぶよう言う。最初からクレアと名乗ることもある。
もともと孤児で、能力に目を付けた男に、酷い虐待を受けていた。
そのため、情緒が不安定であったり、男性を極端に嫌ったりするようになってしまった。
口調は母親、サラのものと姉、ミリアのものが時々入り混じる。
「……なのよ」
と言う時もあれば、
「……よ」
と砕けて言うときもある。
親しい仲と話す時ほどサラの口調に近くなる。
趣味は道具作り。魔法道具も含む。
好きなものは両親。
嫌いなものは男。
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