第18話〜敵意〜
タクト・ペンタグラム。
私が知る唯一の兄で、私が苦手とする性格の人間。
会話はできるのだけれど、なにを考えているのか全くわからない。
すぐに『まあいいか』で終わらせてしまうので、めんどくさがりなのだろうと予想はつくが、それ以外のことが全くわからない。
これで弱けりゃすこしは楽なのだが、この人は空気……つまり、大気中に存在する気体の物を、自由自在に操れる、ときたものだから手のつけようもない。
何しろちょっと対象の周りの空気を真空状態にするだけで、一瞬のうちに内からはじけたスプラッタ死体を作り上げれるような能力なのだ。どうしようもない。
だから、私はこの人を恐れている。男が怖いのはいつものことだが、それ以上にこの人は怖い。
「……とにかく、今日集まってもらったのはほかでもない。新しく生徒会に入ったクレアとの顔合わせだ。まあ、自己紹介はいらないな。ではみんな、役職だけ言ってくれ。ボクは生徒会長、トレースだ」
「副生徒会長、ルウ」
「生徒会補佐、サラ」
お父さんとお母さんが、仲良く声をそろえていった。何を言ってるのかぎりぎり聞き取れたけど、ここまでシンクロされると逆に感心する。
「えっと、私は生徒会部活統括、リリーだよ」
語尾にオンプがつくような感じで、リリーお姉ちゃんが言った。
「………………………生徒会対教師、ララ」
その役職にはどんな意味があるのだろうと疑問に思ったが、突っ込まないでおいた。今の嫌悪感むき出しのララお姉ちゃん、なんか怖いから。
「生徒会会計のコトリだよ。よろしくね!」
子供っぽくコトリお姉ちゃんが言った。
「……生徒会書記、タクトだ」
ぶっきらぼうに、お兄ちゃんが言う。
お兄ちゃんはなぜだか家族と関わりを持とうとしない。引っ越してきた時に挨拶には来たのだが、他のお姉ちゃんのように一緒に住もうとまでは言わなかった。
「うん、重畳。さて、今回朝から集まってもらったのにはわけがある。来るべき終業式にする演説の草案をまとめてもらう」
堂々と、主人もいる前だと言うのに偉そうに言い放った。
「と、いうのが建前で、本題は簡単。本日朝5時、この世界に侵入者、つまり『イノベート』とみられる存在が這入ってきたことを確認した。聡明なキミたちはすでに気づいているかと思うが、対策を講じなければならない」
いっそ冗談でも言うように、トレースは重要なことをさらりと言った。
……『イノベート』が、この世界に?
「キミたちも周知の通り、世界を壊すには、いくつか方法がある」
私の方をみて、彼女は説明に入る。確認するように言っているが、その実は私に対する説明だ。私だけが、この中で何も知らない。
タクトお兄ちゃんなんか、「フン、これだから何も知らないガキは……」とかもうすでに愚痴り始めている。
「まず、世界に存在する知的生命体、われわれ異世界人が言うところの『観測者』を全滅させること。これが一番ポピュラーな方法だと言われている。これは世界が『誰かに見られていないと存在できない』ことを如実に表している。
次に、世界の根幹を揺るがすこと。これは世界がひとつにまとまっている時にしかできない方法だ。思想、技術、なんでもいいから、その世界の『観測者』全員が知り、世界の根幹だと信じている物を破壊する。これも、ひとつの方法だ。
そして、次。
世界の中心を破壊すること。
これは人工の世界でしかできない方法だ。なぜなら、自然な世界が中心をとることはなく、中心となる『何か』があるのは、この世界のように誰かに作られた世界だけだからだ。
最後に、世界の『創造者』を殺すこと。
この方法が一番やりづらいはずだ。世界を作るほどの能力を持つ者をそう簡単に殺せるはずがないからな。
以上が、ボクの知るうる世界を滅ぼす方法だ」
世界が滅ぶ条件って、ひとつじゃなかったんだ。
そう思ったのは私だけではないらしく、お父さん、お母さんを筆頭に、リリーお姉ちゃん、ララお姉ちゃん、コトリお姉ちゃんもトレースの話に聞き入っていた。
「では、話を戻そうか。今言った方法の中で、ボク達が気をつけなければいけないのは、どの方法だろう?答えは――全部、さ」
戸惑いから生まれる沈黙が、部屋を包む。
「『観測者』もいる、世界の根幹であるこの世界の表向きの支配者、柊、帝、祟もいる、世界の中心のこの学校に加え、世界の創造者たるボクもいる。この世界は敵にとっては攻めやすい構造をしているんだろうね。人、支配者、学校、ボク。どれを攻めても、破壊すればこの世界は滅ぶんだから。しかもまともに戦えるのはボク達と暴力の支配者、祟家だけ。いくらボクでも、すぐには知恵は浮かばない。……と、いうわけで、集まってもらったんだ。キミたちに知恵を出してもらうために」
知恵。そんなものを万能の道具から要求されるとは思わなかった。きっと誰もが私と同じことを思っているだろう。
「…………………無能な道具。この程度、あなた一人でなんとかできるはず」
氷みたいな冷たい声で、ララお姉ちゃんが言う。
そもそも、なんでこの人はトレースに敵対的なんだろう?
「無能、か。そうかも知れない。しかし、今はそれを恥じて判断を鈍らすわけにはいかないのだ。この世界は他の世界にくらべて滅びやすい。だから、必要以上に用心してもなんらおかしくはない。その道理も理解できず、無能呼ばわりされることに怯えて何もいわなければ、それこそ無能だと、ボクは思う」
「………………見敵必殺。これこそが勝利への道」
それだけを言って。もう話はない、とばかりにララお姉ちゃんは生徒会室から出ていった。
最後に竦むような氷の一瞥をトレースにくれて。
……ララお姉ちゃん、怖い。
今日は何度もそう思ったし、私に向けられているわけでもないのに最後の視線以上に背筋の怖気るものはなかった。
……ララ、ちょっと怖いです。
と、いうわけでララのキャラ紹介でも。
ララ・ペンタグラム
容姿端麗、文武両道、冷静沈着、終始無口無表情。しかし、声には感情がこもるある意味ではわかりやすいひと。
能力は『心透視』と言って、人の心を見透かす能力を持つ。この力を使えば人のトラウマをほじくり出して精神的なダメージを狙える。
無表情で無口だが、意外とかわいいもの好き。よってクレアが大好き。
髪の色は白で、瞳の色は銀。
好きな人のタイプは『心の見透かせない人』。
けれど旅を始めてから一度たりとも現れていないらしい。




