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第10話〜誘惑〜

 「……それ、すでにやってるわよね?」

 信じられないほど局所的な例えを出されたので、私は思わず言ってしまった。

 「ふむ、その通りだと言えるね。……しかし、だ。クレア・ペンタグラム。ボクの能力はそんな程度では終わらないよ」

 トレースはお父さんそっくりの顔で、お父さんが絶対にしないような冷酷で残忍な笑みを浮かべた。

 「いいかい?ボクの能力はなんでもできる。そう、なんでも(・・・・)だ。ボクの能力が一番使えると思うところは……人心を操ることにある」

 その笑みのまま、耳を疑うような言葉を口にした。

 私は驚きで二の句が継げない。

 「人の心を操る……これほどまで強い能力が他に存在するだろうか?ボクの『支配』に逆らえる物質なんて存在しない以上、ボクの思い通りに、世界は操れる。つまり、ボクにとって世界とは、ルウに気に入られるための引き立て役と、オモチャ以上の意味はないんだよ。

 きっと、キミは思ったことだろう。なぜこの町は生徒会が支配しているのか。それには明確な答えが存在する。『そうなるように、ボクがこの世界をいじくったから』さ。

 この世界の誰もが、『この町が生徒会に支配されている』という事実を遺伝子レベルで刻み込まれているのだよ。……それだけじゃあない。そのことに関する疑念も、一切抱けないようにしてある。だから、この世界の人間はこの学校を中心に生活していることになるね。

 犯罪者がここに呼び寄せられる理由も、言っておこうか。キミはきっと柊家の令嬢にその話しを聞いているはずだからね。……ボクは生徒の心には一切タッチしていない、と注釈をつけておかないと誤解を生みそうだね」 

 そう言われても、信用できない。沙耶や風羽の心を操っていないわけではないのだ。

 人の心をもてあそぶなんて、最低だ。

 私は警戒心を強めた。

 「この世界の犯罪者は、一度法的機関に送られ、裁判を受ける。そして、生徒会に呼ばれるのは、死刑囚だ。余計な精神被害を防ぎたかったからね。ボクが手を下すことにしているのさ。……死でしか償えないと判断されるような人間の屑に、善良な市民が気に病む必要なんて、どこにもないだろう?だから、人を殺しても何も感じないボクが殺しているのさ」

 言っていることは過激だけど、ここだけは素直にすごいと思った。見下しているように見えて、ちゃんと支配されている側のことも考えている。

 ……おかしいことには変わりないが。

 「……あ、そうそう。ついでだから、この世界の人間は生徒会の人間やルウにやいばを向けることができないようにしてある。

 そして最後に、今回キミをここに呼んだ理由がもう一つある。そうだな、いろいろ言っても伝わらない。単刀直入に言おう。キミに生徒会に入ってほしい」

 最後に、申し訳程度に用件を言って、トレースはいったん言葉を切った。

 私は何も言えない。バカらしくて、何も言えない。

 生徒会に入れ?こんなに歪んでいる生徒会に?

 そして、次のトレースの言葉で、私の意思は確定された。

 「キミにとってもいい話だとは思わないかい?この生徒会に入るというだけだ。何もしなくていい。ただキミはこの権力と支配の能力をむさぼれば、それでいいんんだ。

 生徒会に入れば、この世界に生きている限りはなんでもできる。敵は殺そう。味方は生かそう。

 この学校でキミは崇め奉られ、苦労も苦痛も一切なく、何もかもが言葉ひとつで手に入る。

 豪華な家、きらびやかな服、至上の美食、絶対の服従を誓う下僕、気に入らない人間の削除、考えうる全ての快楽、永遠の命。なんでも思いのままだ。

 キミに世界が低頭するんだ。

 世界はキミのものになる。

 キミが『神』になるんだ。

 ただ、この生徒会に『入る』と一言ひとこと言うだけで。

 両親に恩返しがしたいのだろう?生徒会に入って、存分に両親に楽をさせてあげたらどうだ?

 ……まあ、本来ならそこまでしないのだがね、キミはルウの娘だ。特別に全てをキミにあげよう。ボクにとって全てなど、『支配』できる従者にすぎないんだ。キミにあげることなんてわけないさ。……さあ、今一度訊こうか。キミは、生徒会に、入る?入らない?

 安心したまえ。この選択には『支配』の能力は使わない」

 私はそう、ささやかれた。距離は離れているのに、そう感じた。

 きっと、そうした方が聞きやすいと思ったのだろう。

 

 実際問題、かなり魅力的な内容のお誘いだ。なんでも支配できる能力が、一時的に味わえる。

 きっと、気持ちいいのだろう。苦労など何一つないのだろう。

 だから、私はトレースの問いに一瞬たりとも迷うことなく、答えた。

 

 












 「……私は、――――……」

 

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