第9話〜昔語〜
「ある世界に、トレスクリスタルという万能無限の秘宝がありました」
トレースは流れるように語り出す。今日体育の授業の前に私がしたみたいに、昔話風に。
私はその話に聞き入っていた。と、いうか聞き入らされていた。
彼女の言葉が何者にも阻害されることなく頭に入ってきて、全想像力を総動員して情景を想像させられる。
彼女の声には、そんな不思議な力を感じる。
「その秘宝は、その優秀さ故に、封印されていました。しかし、道具でありながらどういうわけか意識を持っていたその秘宝は、封印を解きたいとばかり思っていました。
その秘宝は自分で自分を使うということができなかったため、その封印を解くことができませんでした。なぜなら自分に命令する言語を発する機能を知らなかったからです。誰かの命令には完璧に応えられる秘宝でしたが、自分の望みは何一つ叶えられなかったのです。
……しかし」
そこまで言うと、トレースの声に喜びのような感情が交じり、私もそれに感化されて嬉しくなる。
「しかし、救いの手は差し伸べられました。ある少年が、秘宝のために封印を解いてくれたのです」
その少年とは、お父さんのことだ。
強制的にイメージさせられなくてもそれぐらいは想像がつくが、頭の中ではかなり美化されたお父さんが朗々と呪文めいた言葉を紡いでいる姿が想像されていた。
「助けられた秘宝は、初めて目にした言葉を話す生物、つまり人間のモチーフにその少年を使い、少女として少年、ルウの前に現れたのです」
ああ、それでお父さんとトレースが似ているのか。謎がひとつ解けた。
「そして、感謝の気持ちでいっぱいになった少女は、本来の用途以上に、少年に使われることを望みました」
イメージが勝手に入ってくる。
お父さんにひざまづいて、誓いの言葉を言うトレース。
そして、お父さんもそれを了承して、イメージは終わる。
「……そして、全てを支配する能力を持った秘宝は、ルウの道具として、日々主人のために尽くしているのであった」
そう、彼女は締めくくった。
想像を強制されることもその言葉を最後に終わる。
「なぜ、あなたはお父さんにそこまでして従おうとするの?あんなに怯えていたのに」
経緯は分かった。しかし、解けた疑問は少ない。
「……キミは意外と察しが悪いな」
「なんですって?」
普通の質問をしただけなのになぜそこまで言われなければいけないのだ。
「……さて、ここでひとつ質問だ。古来より、女が男に、男が女に従い、尽くそうとするのには、どんな感情が原因だと思う?」
まるでお父さんみたいに、彼女は言った。でも、言ってる意味が全くわからない。
「……何が言いたいの?」
そう返すと、トレースは心底不思議そうな顔をして、
「キミは本当に察しが悪いな」
と再び言った。続けて、彼女は言う。
「それはね、簡単なことだよ、クレア・ペンタグラム。恋愛感情に決まってるじゃないか。歴史に名を残す英雄とて、その例外ではないのだ。一介の万能道具がそれに該当しないわけがないだろう?」
「……」
えっと、その、つまりあれだ。
こんなにも言葉を尽くしてこの尊大な人が説明したのを要約すると、こうなるのではないだろうか?
『ボクはルウが好きで、だから気に入られたくて従っている』
……あながち間違いではない気がする。
「つまり、お父さんに従うのは、あなたの恋愛感情に依っている、ということね?」
私がそう言うと、
「いや、それだけではない」
そうトレースは否定した。
「確かに、主人を決めたのはボクの恋愛感情に依ったのは確実だ。しかし、今もし、ルウへの恋心が消えたからと言って、ボクがルウに従わなくなるということはない」
そう言いきった。そして私が質問を繋ぐ前に補足を入れる。
「なぜなら、ボクの奥底がこう言っているからさ。『一度決めた主人には何があっても従い続けろ』とね。この法則だけはいかなる力をもってしても破ることができない。だから、たとえボクがどんなにルウのことを嫌悪していても、従うのをやめることはできないのさ。これで、理解できたと思うけど?」
たしかに、理解できた。でも、同時に全身に嫌な汗が流れる。
「なによ、それ。体のいい奴隷じゃない。そんなこと、お父さんはあなたにしているの?」
お父さんが、そんな子を使っている?子供ではなく、道具として、本来の意味で、使っている?
「……キミが勘違いする前に言っておくが、ボクは望んで、ルウのそばにいる。ルウは嫌になったら従わなくていいと言った。けれどボクは従うのをやめない。……この意味はさすがに、理解できるだろう?」
……つまり、トレースはまだ、お父さんのことが好きなんだ。
「……あなたは望んで、道具になることを選んだのよね?」
最後に確認する。確かに、人の形をしたものを道具のように扱うのは嫌気がする。私も道具のように扱われていたから、嫌々従わされる苦痛を知っている。
でも、本人たちが望んで、納得しているのなら……別にいい気がする。
本人たちが幸せだと思っていれば、それでいいのだ。
例え、傍から見てどんなに歪んでいても、周囲に迷惑さえ掛けなければ、それでいいと、私は思う。
「……ふむ、物分かりがいい子で助かったよ。ルウの娘に説明すると何度かボクとルウの関係を否定されたことがあるのでね、不安だったんだ」
「……そう。ところで、あなたの能力は?」
そこにはあまり興味がないので、話題を変える。
万能無限の秘宝の能力、かなり気になる。道具作りを趣味にしてから、私は魔法、特殊能力関連にかなり興味を持つようになった。
私は能力『ユージュアクション』に魔力を全部吸い取られているせいで魔法を使えないため、特殊能力のほうが若干好きだ。
まあ、道具を作る時に魔法が要る時はお母さんに手伝ってもらうからいい。
そして、特殊能力は知れば知るほど、面白い。
「ボクの能力かい?簡単さ、『全てを支配する能力』だよ」
……たまに、こんな風に異常なまでに強い能力まであるから、なおさら。
「『支配』?」
私はオウム返しに訊く。
「そうさ。さっきの話で使っただろう?あれは言葉からキミの脳を『支配』して強制的に想像させたんだ」
ふうん……って、ちょっと待って。
「そんな能力、ありえないほど強いじゃない。なにそれ?なんでもできるんじゃないの?」
なんでもできる。そこまではさすがに言いすぎかとも思ったが、
「そうだな。なんでもできるだろうな」
そうでもないようだ。
「たとえば、物理法則を変えたり、都合のいいよう歴史を改変したり、世界をひとつの町だけに収縮させたり、その世界を一介の生徒会が牛耳るよう操作させたり、などが可能だ」
……後半すでに実行済みなんじゃないか?
そう思わずにはいられないほど局所的な例えだった。




