秘密
タケオは小学校6年生。小学生としては大柄だろう。顔立ちはまだ幼さもあるが背中から見たら、どこかのおやじに見えてもおかしくないような、かなりでっぷりした体型だった。このタケオは、どうも二つ上の兄貴のせいらしいが、小学生としては余りよからぬ事を身につけていた。「勝てる」「いける」そんな風に感じた地域の子らに、軽く因縁を付けては金品を巻き上げてみたり、チョットしたことをネタに強請ったりしていたのだ。相手はまだ人生経験も無い子供らだから、そんな大人びた手口には対抗することも出来ずに手もなくタケオの術中にはまり込んだ子も数は知れなかった。もちろんそんなことを繰り返していればいつか相手の親やら学校の教師やらにバレて叱られるのだが、タケオのやり口の旨いところは「暴力を振るわない」と言うことと「法外な要求はしない」と言うことだった。これも恐らく、身近のそういうことをしている大人から得た受け売りの知恵なのだろう。彼はそんな行状が見つかっても、いつも「叱りおく」だけで済まされ、何か特別な施設に送られるような事態を巧みに回避して来ていた。
タケオには子分というか舎弟と言うべきか、そんな子らもいた。タケオはいっぱしの親分気取りであったから、子分たちにも分け前があった。日にいくら、週にいくらと決まった額では無いが、それでも自由になるカネを折に触れて数百円、千円の単位で分配してやっていた。そんな子分の中には、これまたどこで覚えたのか、どこかの悪党さながらに「俺はタケオさんの右腕だ」なんて名乗る者もいた。小学校の4、5年生の幼顔に華奢な少年が、精一杯に顔に力を込めてこんな啖呵を切ったら、同年代ならそれは恐ろしいだろう。大人から見れば、「子供のくせにケチなセリフを覚えてやがる」と笑い飛ばされるのがオチだろうけれど。
そんなわけで、この地域にはタケオというこの少年を中心にした「タケオ一家」とも言うべき幼いが不穏な組織があった。
トオルは小学校4年生。平均的な体格、成績も人並み。友達付き合いも普通に出来る子供だったが、少しばかり気の弱い面があった。
ある時、このトオルが一人で家の近所の駄菓子屋へ有り金を掴んで遊びに来ていた。この時にタケオがそばの通りの欄干に小学生としてはよく出た腹を摩って両端に子分を従えて座って見ていた。
「チョット行ってくる……」
タケオは立ち上がって歩き出した。何か事を起こす時、ほとんどの場合、タケオが自らまず先駆けて行った。これが親分としての才覚を示していた。
タケオは駄菓子屋でいくつかの菓子を物色しているトオルへ、
「おい、名前はなんて言うんだ」声を掛けた。
背中から声を掛けられたトオルは振り返ってすぐに、すぅっと血の気が引いた。ここら辺の子供でタケオを知らない者はいなかった。もしタケオがこのそばにいるのを知っていたらトオルは家に引き返していたかも知れなかった。よりによって自分がこいつに捕まるとは、運の無いことだった。
トオルは買うものも買えず、「チョットついてこい」の一言で店の外のその先の、人目につきにくい家の角に呼び込まれた。
「トオルって言うのか。名前は知らなかったんだけどよ、実は前に見ちまったんだ、お前がやったあの事を」
タケオはどこかのテレビ番組の小悪党さながらのせりふ回しでトオルに迫った。トオルはそのことで青ざめていたところに震えも加わった。タケオはトオルのこの態度で「しめた」と思った。これならいけると、追撃を加えた。
「親や学校に言われたくないだろ。友達にだって知られたら嫌だろ……なあ、俺が、俺たちが口をつぐんでいるには、それにはどうすれば分かってるよな?」
タケオは決して相手を泣かすように凄んだりはしない。努めて穏やかに話を進め、「相手の出せる程度の金額」を探るのだ。無理をさせればすぐに問題にされてしまう。「いつまでも出し続けられる程度でいいのさ」それがタケオのやり口だった。
トオルはもう、蜘蛛の網に掛かった虫だった。絡め取られて血の一滴まで吸われるのだ。そう思った。
その日からトオルの思い悩む日々が始まった。
「あの事が見られていたなんて。あれだけは誰にも知られては困る。破滅だ。生きていけない。……これからずっとタケオに金を取られ続けるのか。脅かされ続けるのか……そんなのは困る。それに、あいつらが皆あの事を知っているとなれば、いつか誰かの口から漏れないとも限らないじゃないか」
トオルは考えた。当面はタケオに金を払うしか無いが、何か違う方法で解決しなければ、とベッドの中で膝を抱えて。
トオルはしばらく知らない顔をしていた。もしやタケオが自分を忘れてくれはしないかと思った。が、やはりそうはいかなかった。タケオの方から子分が会いたいと伝えてきた。会うと言うことはその時に金の受け渡しをすると言うことだ。トオルはタケオの姿が頭に思い浮かんだ。悪魔に取り憑かれた様な気分だった。「どうするんだよ」子分が精一杯にトオルに凄んで来た。その時、そこでトオルにひとつひらめくことがあった。
「あさって、僕の塾の帰りにT橋のところで……目立ちたくないから、タケオだけで来てくれよ」
トオルは怖ず怖ずと使いの子分にそう伝えた。子分は子供とも思えないなんともクセのあるイヤラシイ笑いを浮かべて「ああ、わかった。きっと来いよ」と言って去って行った。
トオルの塾の帰りは、もう日が暮れている。T橋の辺りは人通りも少ない。トオルは、塾のあとに急ぎ足でここまで来て、目線の先に橋の欄干に座るタケオを見た。「予想通りだ。人もいない。よぉし……」トオルは伏し目がちに普通の足取りでタケオの所へ近づいて行く。おんぼろの街灯の薄明かりの中、タケオがトオルを見つけて薄笑いを浮かべているように見えた。トオルは、タケオまであと数メートルと言う時、思い切り走り出した。
「ドンッ」という、人同士の鈍い接触音とタケオの「アゥッ」っという小さなうめき声とが聞こえた。タケオは背中から真っ逆さまに、ざぶんと数メートル下の川に落ちた。トオルはすぐさま橋の下に降りて行き川面を見ていたが、タケオは溺れて助けを呼ぶこともなく、何分経っても姿をもう見ることが無かった。川は静かで、水の流れる音と虫の鳴き声だけが聞こえていた。もちろんトオルにそんなものを聞いた記憶は残らなかったが。
タケオは川の下流で浮いているのが発見された。事故か自殺か、それとも他殺か、警察には分からなかった。彼は日ごろの行いのせいで、誰も彼についていいことを言う者がいなかったし、他殺にしても、彼に脅され強請られていた子らが多すぎ、子供に強く取り調べることは避けられたため絞り込みも困難だった。もちろんトオルも警察に話を聞かれたが、「約束の時間に行ったが、誰もいなかった」とトオルは答え、それ以上は何も聞かれなかった。そしてこの事件は、このまま終わりを告げることになった。
『例え僕がタケオを突き落としたと分かっても、アイツは大勢に恨みを買っている悪党だから自業自得と皆思うだろう。それに僕はまだ子供。衝動的にやってしまったことを強く罪に問う様なことはされないさ。デブのアイツが欄干に座って待っているだろうって事が計算に入っていたなんてことは、分かるわけが無いよね。衝動的、突発的、そういうことで僕は押し通すよ。まあ、もうそれも聞かれずに済みそうだ。アイツは「橋の欄干に座ろうとして誤って落ちた」で済まされるようだ。……あとから分かったこと何だけれど、タケオは僕の秘密を何も知ってなかったんだ。僕が気が弱そうだからと、かまを掛けて強請ってきたんだ。だから子分たちも何も知らないのだと。まったく、タケオにうまくやられると所だったわけだ。でも、やられる前にやらないと、こういうことは終わらないからね。……それで、僕の隠したかった秘密は何か?それは言えないな。人の命を奪ってまで隠そうとしたことを言えるわけが無いじゃ無いですか』
タイトル「秘密」




