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こちら異世界ウイルス堂  作者: 烏川 ハル


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第十九話 使用上の注意

   

 マドック先生と私が奥の部屋から店に戻るまでの間に、ルビーさんは彼女自身の手で、勝手に商品を棚から取ってきていたようです。

 常連客だから許される行為なのか、あるいは、これも店のシステムなのか。マドック先生が気にしている様子は、全くありませんでした。

「ああ、そうだ。さすがに、もうすっかり覚えたようだな」

 マドック先生は、口元に笑みを浮かべてから、

「なら、これも、もう要らんだろうが……。一応、使用上の注意を言っておくぞ。そのポーションの主成分は、パワーアップに関わる遺伝子を取り入れた組換えウイルスだ」

 大事な話をすると言わんばかりに、ちょっとだけ真面目な顔になりました。

「だから、そいつを摂取すれば、その遺伝子から、体内でパワーアップ促進に働くタンパク質が作られる。パワーアップの際にはヒトの体内でも普通に存在するタンパク質だが、ウイルスのおかげで過剰発現するわけだ」

 おやおや、マドック先生。

 タンパク質とか、過剰発現とか。

 専門用語をバンバン使っていますが、大丈夫でしょうか。


 私は医療系の魔法使いですので、どちらの意味もわかります。

 タンパク質とは、遺伝子から作られる物質の総称。私たちの体を構成する部品になったり、体内で様々な役割を果たすための道具になったりします。

 こうして遺伝子からタンパク質が作られることを、()()()の人々は『発現』と呼ぶそうです。だから『過剰発現』というのは「いつも以上に、たくさん作られる」という意味でしょうね。

 今回の場合、マドック先生は「組換えウイルスによって、パワーアップを促す物質が、体内で大量生産される」と言いたいわけです。


「ウイルスの増殖は、しばらくすると当然、体内の免疫活動で阻害される。一方、パワーアップ促進タンパク質の方は、元々ヒトの体内に存在する以上、異物じゃないから免疫の対象外だ。普通のライフサイクルで、自然に消費されたり分解されたりして減っていく。つまり……」

 この説明、はたしてルビーさんに通じているのでしょうか?

 彼女の方に視線を向けると……。

 意外にもルビーさんは、困惑しているような素振りは見せていません。むしろ「やれやれ」と言いたそうな顔です。

 ああ、わかりました。これって「もう聞き飽きました」という態度ですね。私が魔法学院で「回復魔法で病気を治す場合は、先に解毒魔法で体内の病原体を除去!」と何度も聞かされた、あの時の心境と同じみたいです。

「はいはい、マドック先生。ちゃんと理解しております」

 ルビーさん、とうとう我慢できなくなったようで、マドック先生の言葉を遮りました。少し慇懃無礼にも聞こえる口調で。

「つまり、効果は一ヶ月くらいしか続かない。しかも、だんだん減衰していく。そうおっしゃりたいのですね?」

「そうだ。あと、大事な注意点は……」

「一度使用したら、同じポーションは三ヶ月くらい使えない。それと、なるべく冷たい場所に保管しておくように。……ですよね?」

 さすがは常連さん。マドック先生の発言を、先回りして封じてしまいました。

   

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