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こちら異世界ウイルス堂  作者: 烏川 ハル


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第十話 生きているって素晴らしい

   

「いやあ、笑って悪かった」

 すっかり笑顔になったマドック先生。ちょっと笑い疲れたかのようにも見えます。

「じゃあ、次の質問だ」

「はい」

 返事をしながら私は、シャキンと背筋を伸ばしていました。マドック先生とは逆に、むしろ私の方は、緊張感が強まったかもしれません。

 この質疑応答が、就職面接のように思えてきたからです。それも、重箱の隅をつつくような質問ではなく、本質をえぐるような問いかけで構成された面接です。

「お嬢ちゃん。『生きている』って、何だ? 何をもって『生きている』と定義する?」


 むむむ。

 これまた難しい質問です。

 日頃、意識したことないですからね。

 でも長考は良くないでしょう。少し前に「頭の回転は速そう」と言われたばかりです。期待を裏切りたくはありません。

 とりあえず、思いついた言葉を口にしてみました。

「『生きている』とは……。元気に動き回ることでしょうか?」


「動き回る……?」

 マドック先生、眉間にしわを寄せました。口元に笑みは浮かんでいないので、苦笑とは違います。ちょっと困ったような表情です。

「ウイルスだって、細胞から細胞へと動き回るよなあ。でも……」

 下を向いて、自問自答し始めました。

「あれは受動的に動くだけで、能動的に動くわけじゃないから……。うん、大丈夫、バクテリアとは違う。確かバクテリアは、線毛とか鞭毛とかを用いて自発的に移動するはずだし……」

 完全に独り言モードです。私にはわからない用語――おそらく()()()の世界の言葉――を連呼して、それを私に説明しようという素振りも見せません。

「ああ、そうだ。死人だって、動くもんな」

「えっ?」

 顔を上げたマドック先生に対して、思わず私は、疑問の声を発してしまいました。

 だって、私の「生きることは動くこと」という解答を否定された形でしたから。

「海で溺れた死体が、波に流されてあっちこっち移動するだろう? ウイルスの『動く』は、それと同じだ」

 ようやく言いたいことが言葉になった。そんな感じの顔をしています。

「なるほど、確かに……。溺死体は生きていませんが、それなりに動きますね」

「そうだろう?」

 私が同意したので、マドック先生は嬉しそうですが……。


 解答を否定されたのは、良しとしましょう。

 それでも私は、少し釈然としません。

 そもそも「生きている」の定義に関する話題になったのは「ウイルスは最初から死んでいる」という話からのはずです。

 ならば。

 溺死体の例は、ちょっとおかしいですよね?

「でも、マドック先生。海に浮かぶ死体は『最初から死んでいる』わけではなく、元は生きていたのですよね? 特に溺死体ならば、海で死んだばかりのはずです」

「ああ、そうだな。その意味では……。ウイルスは、溺死体に例えるより、人形に例えたほうがいいかな? 人間そっくりの人形が、波間に揺られて、まるで生きているかのように動く……」

 人形の比喩。

 ちょっと苦し紛れにも聞こえますねえ。

 内心でニヤニヤしながら、私はツッコミを入れました。

「マドック先生、人形だったら……。生きているとか死んでいるとか以前に、そもそもモノじゃないですか。生き物じゃなくて」

   

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