正解は一つだけ
勝ち目がないし、アンティールならなんだかんだでどうにかしてくれるに違いないと信じて駆け出す。
背後にナクヌと骸骨が追いかけてきている気配を感じるが、俺の足の方が大分早い。余裕で間に合うだろう。
ちゅん、と鎌が投げられた。かろうじて当たることはなく、傍らを通り抜けただけだったが、あと数センチずれてたらやばかっただろう。地面に刺さった鎌を横目に俺は気にせず走り続けた。
「ああ! まってくれ! 止まってくれ! 紋章をォオ!」
待つわけがない。
息が持つ限り走り続けた。
地下室に続く階段を一段飛ばしで下り、俺はアンティールが閉じ込められている牢獄にたどり着いた。走りながらポケットから鍵束を取りだし、一本を持って、鍵穴にぶっさす。
「ヒラサカさん!」
背後に骸骨の鎌が迫っているのを感じた。
切羽詰まっているのは確かだ。
ここでアンティールを出したところでピンチにはかわりないのかもしれない、それでも、彼女ならどうにかしてくれると俺は信じていた。
スキル、正位置。
USBメモリスティックを一発で入れられるパソコン部部長のスキルだったが、これは沢山の選択肢の中から正解を一つ導き出すことができる稀有なスキルでもある。
つまり俺が無造作に取った数本の鍵の中でも、正解が選び出せるのだ。
かちりと寸分のズレもなく鍵が鍵穴に刺さる。
捻ると同時に容易く鉄格子は開いた。
「下がっててください」
アンティールがゆっくりと外に出て、
「輪廻に還れ」
手を伸ばすと同時に紫色の光が辺りを包み込んだ。
「しゃああああ!」
風船から空気が抜けるように、みるみる半透明の骸骨は縮んでいく。
見た目の体積がゼロになった瞬間、一瞬強く白い光を放つと、あとには静寂が残るだけだった。
「いまのは……?」
「輪廻の紋章でアンデッドを還しました。魔法ではありません。これぐらい朝飯前ですよ。さて」
アンティールが正面を向く。
扉からちょうどナクヌが入ってきたところだった。
「おおおお! やはり、君もか、アンティール・ルカティエール!!」
ナクヌが叫ぶ。
ガッツポーズを取るように拳を強く握りしめ、訳のわからないことを叫んでいる。
「輪廻の紋章か! 伝承の通りだ! ヨイナに持ち逃げされた四紋章のうちの一つ! ひょっとして、呪縛と心霊も持っているのか?」
「残念ながら知りません。それより、あなた自分の立場がわかっているんですか?」
「……?」
「地下室では魔法は使えない。だけどいまのあなたは丸腰です」
アンティールは屈みこんで、床に落ちていた草刈り鎌を拾い上げた。
「こちらのヒラサカさんはスキル『器用』を体得しています。つまり、はじめての武器でも十全に扱うことができるということです」
ポンと鎌の柄を握らされる。
さっきまで骸骨が使っていた武器だ。いっしょに昇天しなかったらしい。
「加えて、二対一。少なからず私たちはあなたに恨みがある。高笑いぶっこく余裕はないと個人的には思うんですけど」
「……」
アンティールに睨み付けられたナクヌはしばし無言になったあと、
「その通りだ!」
きびすを返して逃げ出した。
「てっ、おい、マジかよ!」
あまりにも合理的な敵前逃亡に一瞬呆けてしまった。
「追いかけますよ、ヒラサカさん!」
「お前なんであんな挑発するようなこと言ったんだ!」
「知れたこと。ここでは魔法が使えないからです。場所を移動する必要があります」
階段を駆け上がるナクヌに続いて、俺たちも大慌てであとを追う。
形勢逆転したのは確かだ。だが、やつがなにをたくらんでいるのか目的がはっきりしない。
厄介なことになるまえにカタをつけなければならない。
「まてや、こらぁ!」
階段を上りきった時、廊下の端に消えていくナクヌの背中が見えた。
誤算だ。あいつ、なんだかんだで足が早い。
追い付くのに時間がかかりそうだ、と思ったとき、
「ぬぅお」
俺の横を稲妻が瞬いた。
バシュ、と矢のように飛んだ稲妻が壁に当たって弾けた瞬間、
「ぐぎゃあああああ!」
建物を半壊させるような爆発が目の前でおこった。爆風と粉塵に思わず目を閉じた。踏ん張ってないと吹き飛ばされそうなほどの衝撃。数十秒後、断末魔のあとになにが起こったのかを悟る。




