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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼ミニスト魔導院
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敵前逃亡、あんよくば


 着替え直して、慎重にナクヌが出ていった扉を開ける。

 すぐに階段があった。

 どうやら飼育室は地下にあるらしい。換気設備も悪いし、実験動物を飼うためとアンティールは言っていたが正直怪しいと思う。

 音をたてないように上階に向かう。

 いまの俺には武器がない。こんな状態でモンスターに襲われたらひとたまりもないだろう。

 階段を上がりきったところで、獣の息づかいが聞こえた。背中を壁につけてゆっくりと廊下をうかがってみる。人影があった。

「っ!」

 いや、よくよく見ると頭部の形が奇妙に変形している。膨れ上がった頭がタコやワカメがへばりついたような不気味な見た目になっていた。

 なんだありゃ。

 そいつは何をするでもなく廊下を徘徊している。

 先ほど『千里眼』で確認した時にはいなかった化け物だ。

 見つかると厄介なことになりそうだが、あの化け物の先に講義室はあるのだ。どうにかしなければならない。

 じっと身を潜めて観察していたが、動く気配がない。厄介だな、と一人ごちていると、化け物の下半身がロングスカートをはいていることに気がついた。

「あ」

 この学園の制服らしい。カリンやアンティールが着ていたのを写真でみたことがある。

「……」

 ナクヌのやつが変えた女生徒というわけか。

 胸が痛むが、俺にはどうしようもなかった。

「いや……」

 もしかしたら、アンティールならどうにか出来るんじゃないのか?

 あいつが宿している『獣の紋章』は魂を練り直し、対象の見た目を変える力を持っているはずだ。

 俺だって自覚は無いけど先ほどカエルにされたんだ。まだ姿形が変わったって戻れないというわけではない。

 そうだよ。あの顔面海産物の女の子だって、元に戻る可能性があるんだ。

 生きてさえいれば。

「生きて……」

 カリンは死んでしまった。

 殺したのはアンティールだ。

 だからこそ、彼女は精神的に辛いのだろう。

 これ以上彼女に負担はかけたくない。

「おれが、どうにかするしか……」

 ふと呟いたとき、鐘の音が響いた。


「!」

 それを合図にしたように、俺の行く手を阻んでいた海産物の化け物は、音にせかされるように廊下の奥に向かって走り出した。

「なんだ?」

 リンゴーンと鳴り響く鐘が空しく響いている。

 隔離城下町での出来事を思い出した。なんとなくあのときと状況が似ている。

 鐘は寝ているものを起こす効果のほかに集合をかける合図でもある。

 いや、深く考えるのはやめよう。

 いまはともかくアンティールの救出が先だ。

 ようやく前に進めるのだ。それだけを喜び俺は講義室に向かった。


 講義室までの道のりで他の誰にも会うことはなかった。

 先ほど確認した教卓の引き出しを開け、中から鍵束を取り出す。数十ついたそれは非常に重く、ズボンのポケットに入れたら垂れ下がりそうだった。ベルトを締め直し、改めて、周りを見渡す。

 誰もいない。警戒する必要も無いだろう。

 ほっと一息ついた時、

「あっつ!」

 視界が反転した。

 がつんと鈍い音がして、後頭部が床にぶつかった。

「なっ、え?」

 足首に鋭い痛みが走る。

 俺はこけているらしい。視線を戻すと、床からにょっきりと半透明な骸骨のようなモンスターがはえていた。そいつの手には草刈り鎌が握れ、赤い水溜まりの真ん中には靴を履いたままの二本の足首が置いて、

「ああああ!」

 俺の足。

 切断されたらしい。なんてことだ。気づかなかったし、認識した途端、痛みが沸々とやって来る。

 叫び声が講義室中に響く。

「ぎゃあああああ!」

 地面からはえていた半透明の骸骨はニューとゆっくりと全身を浮き上がらせた。

 二メートルほどのモンスターだ。ローブを羽織り、まるで死神のようである。

「ああ、くそぅ!」

 あまりの痛みに発狂しそうだった。

「おやおやおや、どうやって牢屋を出てきたのか」

 俺の叫び声がアラームになったのか、講義室のドアを押し開け、余裕綽々といった様子でナクヌが入ってきた。

「まったく感心するよ。おとなしくしておけといっておいたのに。君は痛いのが好きみたいだね」

「ぐぐぐう、てめぇ!」

「好奇心は猫をも殺す。この程度のトラップに引っ掛かるようでは君のお里も知れたようなものだ」

「なんなんだよぉお!」

「ただの研究者だよ。だから、低知能な動物には興味がないんだ。君には期待していたのにがっかりした。サンプルはアンティールくんだけで充分と判断する。さようならだ」

 ナクヌが指をパチンとならした瞬間、死神の鎌が俺の頭部に振り下ろされた。


 ガツン、と痛みが走り、

 グチョリと脳がシェイクされる音がした。

 そういえば、なにかで読んだことがあるが、脳には痛覚がないらしい。まあ、意識を失っているので本当かどうかはあまりよくわからない。


「……」

 そして、よみがえる。

 徐々に意識と五感が甦ってきた。

「こうなると、アンティールくんも飼育室を出ている可能性があるな。一旦実験を中断して見に行くか。調教は早めに行ったほうがよいかもしれん」

 傍らの骸骨に話しかけているのか独り言かはわからないが、俺が生き返ったには気がついていないらしい。

 足が再生される。

「やれやれだ」

 このまま死んだフリをして、頃合いを見て逃げ出そうと判断したが、

「むっ、死体が再生されて……ぐぅうあ!」

 やはりそううまくはいかないらしい。

 ポケットの鍵がとられそうになったので思いっきりナクヌを蹴り飛ばした。

 ガラガラと音をたてて、講義室の椅子や机を倒し、ナクヌが吹っ飛ぶ。追撃したいところだが、武器がない。

「うおおお、君は、君は、まさか!」

 崩れた机を背もたれにしながら、ナクヌが狂喜したように叫んだ。

「これこそは、不死の紋章! そうなのか! やはり! 紋章は転移者の魂に宿ることができるのか! そうか! 進化した脳の恩恵か!」

 倒れたときに額を切ったのだろう。血を流しながらナクヌは叫んだ。

「意味わかんねぇことベラベラいってんじゃねぇよ!」

 足元に転がっていた椅子を蹴り飛ばすが、命中する前に空中で両断された。

「な」

「そうかそうかそうか! その力! もっとよく見せてくれ! 君こそが紋章に選ばれたのだと!」

 先ほど俺の足を切った骸骨だ。やばい、徒手空拳では勝ち目がない。

「不死、不死の紋章! 死んでも甦り、傷や欠損が再生されるその効力! 感動したよ。そうだ、もっとみたい! もっと、死んで見せてくれ!」

「!」

 ナクヌの顔が歪む。人を不安にさせる笑顔だ。寒気がし、俺は本能に従うように、

「……」

 背中を向けて逃げ出した。

 だって、なんかやばそうなんだもん。




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