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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼ミニスト魔導院
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檻のなかから


 腐った杏のような臭いがした。腐敗臭だ。どこかに死体があるのだろう。

 ゆっくりと意識が戻ってくる。

 ナメクジの眠り粉を食らって、目が覚めたとき、檻の中にいた。何年も掃除されていないのだろう。床には薄くホコリが積もっていた。

「目が覚めましたか」

 上体を起こし、目眩を鎮める。声をかけてきたのは、体育座りで壁にもたれたアンティールだった。彼女も一緒なのでひとまずは安心だ。

「ここは?」

「おそらく実験動物などを管理している飼育室でしょう。研究棟の地下にあります。ナクヌは私たちをここに閉じ込め、実験体として飼育するつもりかもしれません」

「ごめんだけど、そういう趣味ないわ」

「悪趣味なやつです」

 鉄格子に触るがびくともしなかった。扉をガチャガチャ動かすが、当然のごとく動かなかった。腰に下げていたはずの武器も取られ、万事休すだ。

 錆びてボロボロだが、力押しでは脱出できなそうだった。

「早速でわるいけどアンティール、鍵開けてくれ」

 彼女はたしか鍵開け呪文を会得していたはずだ。何回も人のプライバシーをないがしろにしてきた糞魔法がはじめて役に立つ時が来たのだ。

「残念ながら無理です。檻自体が耐魔法になっていて、一切の魔法が通用しません」

 見た目にはそんなハイテクな魔法がかけられているようには見えなかったが、彼女がいうなら、そうなのだろう。

「またかよ。最近のお前、いいとこなしだな」

「チッ」

 アンティールは舌打ちするだけで反論しなかった。とりあえず今は体力温存だ、と判断し、俺は檻のすみで、彼女に倣うように体育座りした。

「どうにか脱出しないとな」

 周辺を見渡すが、絶望的だった。窓はなく、薄暗い。

「それは無理という話だ」

「っ!」

 いくつもゲージが並ぶ向こう側の扉から、ナクヌが箱をもって現れた。

 至って普通に現れたので、文句を言うのも忘れてしまった。

「この檻は如何なる攻撃も通用しない最硬度の物質でできている。たとえ君が世界一切れる剣を持っていたとしても脱

出は不可能だよ」

 見た目はボロボロだが、事実は異なるらしい。

「おまえ、俺たちをこんなところに閉じ込めてなにがしたいんだ」

「君たち二人は異世界を知っているんだろう? 話が聞きたくてね」

「話すことなんかねぇよ、帰れ!」

「やれやれ、手厳しいな、僕が帰ったら君たちは飢え死にすることになるが、いいのか」

「くっ」

 ちょうどお腹が減ってきたところだ。

 ナクヌは持っていたとしても箱を地面に置いて、ふたを開けた。中に入っていたのは、美味しそうには見えなかったが、パンだった。

「学院は休暇期間だからね。考えを改め私の実験に協力してくれるというならそこから出してあげよう」

「実験?」

「生殖だよ」

「……は?」

「次世代の遺伝子こそが環境適応した生物になりえるのだから」

 突飛すぎる発現に頭が追い付かない。

 ナクヌはパンを檻の隙間に差し込むと愉快そうに微笑んだ。

「せっかく雄雌の個体がいるんだ。子作りに励んでくれたまえよ」

「正気かよ」

 くらくらしてきた。アンティールは美人だがあまりにも幼い。俺はロリコンじゃない。

「無限大な可能性を持つという点では赤子が正しいんだ」

 ヤバイこいつの目はまじだ。

「こんなチャンス二度とないからね。私は悩んでるんだ。君たち親を変質させるべきか。それとも子供を変質させるべきか。どっちがいいと思う?」

「くたばれ!」

 ナクヌは歯を見せて笑うと、「どっちにしろ、今はもうひとつの実験の方で手一杯でね。少しだけだけど、時間あげよう」と愉快そうに肩を竦めて、その場から立ち去った。

 残された檻に静寂が落ちる。

 俺は苛立ちをぶつけるように鉄格子を蹴ったが、カァンと愉快な音がなるだけで、びくともしなかった。

 パンはカピカピで、空腹だったが、食欲はわかなかった。

「アンティールどうする?」

 俺とナクヌの言い争いに言葉を挟まずジッと見守っていたアンティールに意見を求める。

 少女は気だるそうに立ち上がると、

「ヒラサカさん、『千里眼』でこの檻の鍵を探してください」と俺に命令した。

「見つけられるわけないだろ」

 あきれながら返事をする。

 俺のスキル、千里眼はあくまでも遠くの風景を確認できるだけだ。物探しには向いてない。

「それに、鍵見つけたって、ここから出られない」

 とってくることができないのだから、無駄な労力は割きたくなかった。

「ナクヌを千里眼で追いかけるだけです。早くしてください」

「お、おう」

 言われるがまま、スキルを発動し、ナクヌを追いかける。

 人気がない薄暗い廊下を一人ポツポツと歩いていく。

 まんま廃墟である。いくらなんでもこれだけの大きさの建物に人がいないのは不気味だ。

 数分後、椅子がたくさん並ぶ講堂のような部屋につくと、ポケットから鍵束を取り出して、ひとつの机の引き出しにしまった。

 俺からその部屋の場所を口頭で聞くと、アンティールは得心が言ったように頷いた。「もうけっこうですので。スキルを解除してください」

 ずっと息を止めているようなもんなので、スキル発動はなかなか疲れる。大きく、息をはくと、アンティールは優しく微笑んだ。

「マスターキーは講義室の教卓にしまわれているようですね」

「それがわかったところでどうしようもないだろ」

「そうでもないですよ」

 にたりとアンティールは醜悪な笑みを浮かべた。いたずらっ子のようだ。こいつがこの顔をするときは大抵ろくでもないことが起きる予兆なのだ。

「この牢獄、上の実験室と同じようにエレメントが不足しているため魔法は使えないようですが、スキルは発動できるようです」

「だから?」

「さ、脱獄しますよ。ヒラサカさん。セックスしないと出られない部屋なんてぶっ潰してやりましょう」

「ん、んん?」

 事も無げにそういって、アンティールは右手を俺につきだした。


 そこからのことはあまり口に出したくない。

 ただ彼女の右手が光を放ったかと思うと、俺の体は自由を失い、気がついたときは、鉄格子を挟んでアンティールと向き合っていた。

「……おまえ、何をした」

 加えて言うならば、なぜか俺は素っ裸だった。

「体を変形させました」

 にっこりと微笑み、彼女は右手の甲を俺に見えるようにつきだした。

「獣の紋章の力でヒラサカさんを一時的にカエルに変えました。格子の隙間から出られるサイズなら何でもよかったんですけどね。ど根性いれてほしいという期待を込めてカエルです。無事カエルという言葉遊びでもあります」

「なんで、俺を変えるんだよ!」

「まだ使いなれてなくて、自分の変形は出来ないんですよ。というわけで、ちゃっちゃとこの牢屋の鍵を取ってきてください」

 床に落ちていた衣服を汚いものでも触るようにつまんで、鉄格子の隙間から俺に寄越した。

「ふざけんなよ! 獣の紋章を使うにしても状況考えろよ! いろいろとあって一番忘れたい能力だろうが!」

 獣の紋章は他者の体の作りを変形させる紋章だ。

「背に腹は変えられませんよ。色んな脱獄方法を思い付いたんですけど、一番平和だったのがソレだったんです」

「参考までに聞くけど他はどんなのだったんだ?」

「ヒラサカさんを細切れの死体にしてから牢屋の外で復活させるプラン」

「……」

 鍵を取りにいくか。




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