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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼ミニスト魔導院
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同情とひび割れた破片


「君は誰だね」

「!」

 突如背後から声かけられた。

 振り替えるとやせ形のすらりとした体格をした男性が立っていた。メガネをかけ、洒落た蝶ネクタイをしていた。

「あ、おれ」

 手に持っていた本を慌てて棚に戻す。鼻孔を日に焼けた紙の香りが擽った。

 英語だから内容はよくわからなかったが、著者はチャールズ・ダーウィンだった。残念なことにエロい本では無さそうだった。

「ここで何をしている」

 何て答えようか迷う。椅子から立ち上がり、小さくお辞儀をする。

 男性の目線は床で黒こげ丸くなったナメクジに注がれていた。

「カリンさんの友達で……ヒラサカっていいます」

「カリン・モットネートの友達……? そうか、なるほど。ところで、これは君がやったのか?」

 喉をならし、男性はナメクジの死体を指差した。

 やったのはアンティールだが、下手な説明しない方がよいだろうと、判断し、「はい」と首肯する。

「そうか。かわいそうに」

 男は屈みこんで、静かに黙祷した。

 数秒後、立ち上がり、何事もなかったように口を開いた。

「最近寄宿舎によく出るんだ。いま駆除業者を手配しているんだが、驚かせてしまったかな」

「あ、いえ、そんなことは、その……」

 この人は誰だろうか。下手なことを言わない方がいい気がするが、ここで黙るのもおかしな話だ。

「ん、なんだい? 」

「カリンさんはいまどこにいるんですか?」

「ああ、彼女なら研修棟にいるよ。実験を手伝ってもらっていてね。私は手が離せない彼女に代わって臨床データを取りに来たんだ」

 男性は入り口の横の本棚から一冊のノートを抜き取り、

「失礼するよ」

 と部屋から出ていこうとした。

 このままだと俺が彼女の知り合いでもなんでもないと、ばれてしまうだろう。

「あ、もし、カリンさんのとこに行くなら、……ついていっていいですか?」

 できれば直接口封じ、ないし、アンティールと合流しておいた方がいいだろう。

 男の目が細くなる。俺が何者か見定めているのだろう。疑いの眼差しに心臓の鼓動が早くなる。

 男はしばらく無言だったが、やがて、ゆっくりと口を開き、

「かまわないよ。ついておいで」

 優しく微笑み、手招きをした。


 廊下の窓から眺める外の景色は、彩りに溢れ、俺の胸に優しく響いた。日本茶を啜りながら眺めたい光景だ。

 寄宿舎から研究棟を繋ぐ長い連絡通路を歩く。

「君は異世界人だろう」

「ひょえ」

 連れだって歩きながら、藪から棒に男が俺に声をかけた。意図していない質問に思わず変な声が上がる。

 溢れでる和の魂を感じ取られたのだろうか。

 下手な誤魔化しは逆効果と咄嗟に判断し、警戒しつつも、肯定することにした。

「はい。なんでわかったんですか?」

「なんといったらいいか、臭いが違うんだよ」

「におい?」

「生まれつき鼻がよくてね」

 男性は歩きながら自分の鼻を指差した。

「高度な知能を持っているものは、独特の香りがするんだ」

「高度、って異世界人がですか?」

「そうであるともいえるし、そうでないとも言える。こちらとあちら、二つの世界を経験しているものの臭いといえばいいか。魂を昇華させたんだね。うらやましいね」

「うらやましい……? 昇華というのは?」

 ちょっと何言っているのかわからなかった。

「君は自然選択説もいうものを存じているだろうか」

 俺の質問を無視して、機嫌良さそうに続けた。

「いいかい、生き物の最大の目的は種の繁栄だ。異常気象などで種の存亡の危機にさらされたとき、生物は環境に適応しようと種を昇華させていく。逆を言えば、突然変異的に環境に適応しなければ 個体数は減少し、淘汰されていく」

「進化ってことですか?」

 先ほど手に取っていた本の著者、チャールズ・ダーウィン。不勉強な俺でも知っていた。進化論の父だ。

「その通り。生物は常に変化にさらされている。人類だってそう。世界は目まぐるしい速度で流転していくんだ」

 突然この人はなにを話し始めたのだろう。初対面でいきなり知識のマウントを取ってくるとは、端正な顔立ちをしているが、絶対モテるタイプではないだろう。

「昔この辺りを統治していたマクナドレ王は賢かった。人類の進化が頭打ちだと悟った彼は自然選択説に基づいて人類の進化を促したんだ」

「環境破壊でもやりまくったんですか?」

「穿った言い方をするならそうなるな。数多の命を生け贄にして、二十四の紋章を作り出した。これこそが、突然変異。人類を次のステップに進めるための切り札だったんだ。だが、紋章開発で低下した国力を好機をみた卑しい旧人類が内乱を起こし、国は四つに分割してしまった。人類の発展は大きく遅れをとったんだ」

「紋章はそんなにすごいものなんですか? 」

 二十四のうち、十三の紋章は世間的には所在が明らかになっていないらしいが、そのうち六個の紋章の持ち主を俺は把握している。

 不死の紋章は俺の背中に。

 輪廻の紋章はアンティールのお腹に。

 獣の紋章はアンティールの右手に。

 心霊の紋章はアメントの額に。

 結界の紋章はアメントの左手に。

 呪縛の紋章はデュランダルが持っているという。

 全てが偶然だとは思えない。紋章は紋章と引き合うのかもしれない。

「すごいなんてものではない。あれは奇跡だ」

 少しだけ声のトーンをあげ、男は尚も続けた。

「我々の住む世界には魔法という概念が存在している。大気中のエレメントを利用し、自然現象を自らの生体エネルギーを用いて発現させる。人類の叡智だよ。だが、年々大気中のエレメントは減少傾向にあり、それを防ぐための新エネルギーの開発が目下だったんだ。マグナドレ王が造り出した二十四紋章は全てを解決する奇跡といって相違ない。紋章を宿した者はまさに新人類と呼ぶに値する選ばれし者だったのだよ」

「選ばれし、もの……」

 とは、とても思えない。俺がこの身に宿す不死の紋章は放浪者のヨイナの気まぐれで与えられた者だし、他の連中にしても、知性や見識はすごいと思うものの、新人類と称されるほど秀でてる存在とは思えなかった。

「でも、紋章一つを造り出すのに万の命が犠牲になったと聞いています。それだけの犠牲を払って新人類が24人じゃ失敗というやつなんじゃないんですか?」

「おや、キミはなかなか詳しいね」

 鼻で笑ってから男は続けた。

「無論24人では絶滅する。生物には最小存続個体数というものかあるからね。近親交配をさける遺伝子の多様性が必要になってくるだろう。創始者効果というやつだよ。だけど、キミ、紋章はそれすらも凌駕する奇跡ということを忘れているんじゃないのかい?」

 男はしたり顔で、身ぶりを大きく続けた。

「紋章にはさまざまな効果がある。例えば『獣の紋章』は他者の体を自在に作り替えることができたというし、『心霊の紋章』は他者の魂の形を粘土細工のように変化させることができたという。これらの力を使えば旧人類を新人類の眷属として、新しい段階に押し上げるなんて造作もないというやつさ」

「俺が言いたいのは紋章作るのに何万人と犠牲になっているという点です」

必要(コラテラル)犠牲(ダメージ)というやつだよ。燃え盛る大地で数多が死に、生き残った一つが過酷な環境に適応して、続けられるんだと考えよう。進化とはそういうものなのだから」

「でも、それだと、ほとんどが死んでしまうんじゃないんですか?」

「それこそが自然の摂理なんだ。大きな変化の前に犠牲はつきものだよ。我々人類はなんとしても選ばれし者を押し上げ

、新人類を作り出さねばならないのだ。そして信じるんだよ。彼らが我々旧人類を救ってくれると」

「難しい話はよくわからないですけど、それだと、俺もあなたも死ぬことになりますよね」

 それは嫌だなぁ、と続きの言葉を吐こうとしたとき、一つの扉の前で立ち止まり、それを押し開けながら、「キミは生き残るだろ?」と呟いた。背後を見やるように細めた男の瞳はどこか憎しみに満ちていた。

「え?」

 反応が遅れる。

 この人は、俺が不死の紋章を宿していると、気付いている、のか?

 疑問符がたくさん浮かび、体が硬直する。

 ゆっくりと開いた扉の先は、黒い机と様々な実験器具が並ぶ、薬品の臭いが立ち込める部屋だった。その部屋の中央に女の子がいた。

 カリン・モットネートかと思ったが、どうやら違う。この後ろ姿は、

「ヒラサカさん?」

 アンティールはハッとした表情を浮かべ、

「その男から離れてください!」

 手をつきだして、叫んだ。

「ナクヌ!!」

 手の平が光っている。

「えっ、え」

 アンティールは脅しで魔法を使おうとしているのだろう。

 いや、それよりも、この、男が。

「カリンをどこにやった!」

 手紙にあったナクヌ教授だというのか。

 条件反射のように、男から離れる。




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