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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼ミニスト魔導院
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種の起源


「ミニスト魔導院は学校というよりも研究所のような施設で、主に生物の進化や霊界について探求しています」

 湖面に抜けるような青空と紅葉のコントラストが見事に反射していた。沿岸をゆっくり、散歩するように魔導院を目指して歩き始める。

「お前も昔所属してたんだっけ?」

「ちょっと黒魔導に手を出したら破門になりましたけどね」

 ケラケラ笑っているが、大問題ではないだろうか。

「行って大丈夫なの?」

「いまは年越しの季節なんで寄宿生以外は全員帰省しているはずです。私が所属していたのは大分前なんでまずばれることはないでしょう」

 アンティールは胸ポケットから便箋を取り出した。

「カリン・モットネートからの連絡が途絶えたのは三ヶ月前です」

「……」

 アンティールは馬車で尋ね人について教えてくれた。


 傲岸不遜でくそ生意気なアンティールにも親友がいた。

 同じ孤児院で生まれ育ち、寮で同室だったカリンである。彼女は常に穏やかで人の悪口を言わない優しい性格をした女の子だった。

 栗毛の癖っ毛でソバカスと鼻ぺちゃがチャームポイントだったらしい。後半悪口じゃねって突っ込んだら「お気に入りなんですよ」と訳のわからない返しをされた。

 カリンの研究テーマは『生物の進化』であり、アンティールの研究である『輪廻』にも多大なアドバイスをもらったという。

 アンティールがミニスト魔導院を退学になってからも週に一度の手紙のやり取りは続けられ、お互いの近況報告を続けていたらしいが、筆まめだったカリンから連絡が途絶えたのは三ヶ月前のことだった。

「彼女の最後のメッセージがこれです」

 アンティールが悲しげな瞳で手紙を俺に手渡した。

『教えてもらった酢豚って料理だけど、パイナップル無い方が美味しいと思う』

 わりとどうでもいい情報のやり取りをしていたらしい。


 ミニスト魔導院は学校とは思えないほど洒落た外観をしていた。ひび割れ一つない白い外壁。近くで見ると擬洋風建築みたいで、昔修学旅行で行った国立美術館を思い出した。アンティールは慣れた足取りで黒く巨大な門をこじ開け、すたすたと敷地内の一つの建物を目指した。どうやらそこが寄宿舎になっているらしい。

「変わってない……と言いたいところですが、なにやら様子が変ですね」

 アンティールはエントランスのドアを開け、身構えた。

「人気が無い」

 空気が寄宿舎に流れていく。明かりが落ち暗闇が沈んだ廊下が長く延びている。

「にもかかわらず、生き物の気配が至るところから感じます。なんでしょう、嫌な予感がしてきました」

 普段は人で溢れているであろう空間が静謐に包まれているとなんたが堪らなく不安になってくる。

 周囲を警戒しながら中に足を踏み入れる。後ろでしまったドアが外界を遮断する。

「ひとまずカリンの部屋を目指しますか」

 アンティールとともに歩きだす。


 淀んだ空気の中、ゆっくりと進んでいく。妙に息苦しいが、原因はわからなかった。酸素濃度でも薄いのだろうか。額にはいつの間にか汗がにじんでいた。古い建物らしく、床板がよく軋んだ。

 緊張感を張りつめながらも、何事もなく、二階の隅のカリンの部屋にたどり着いた。

 誰にも会わなかった。必死で考えていた不法侵入の言い訳を披露することなくすんだが、なんだが拍子抜けだ。

 ドアノブに手をかけ、少し開ける前に、アンティールは何かに気づいたらしい。

「なにかいます」

「え?」

 薄く開いたドアから中を伺い見る。


 ブニブニとした巨大なナメクジのような生物が這っていた。体長は一メートルほどで、テラテラと表皮の粘液が青白く光っている。粘膜のような体液が床に線を引いていた。

「見たこともないモンスターです。なんでこんなところに……。ヌメヌメしてて、ほんと気持ち悪い」

 アンティールは舌打ち混じりに呟いて、がたんとドアを大きく開けはなした。先手必勝だ。同時に杖の先から火炎魔法を放ち、なかにいた謎の生物を焼き付くす。

「ぴぎゃぁあー」

 一瞬だった。青白い炎がナメクジを包む。

 空気が抜けるような甲高い悲鳴が静かに響いた。


「カリンはどこにいるのでしょう」

 こんな魔物がうろちょろしている空間に人がいるとは思えなかった。ブスブスと黒い煙が上っているので、換気の意味を込めて窓を開けると、秋風が室内に涼風を吹き込ませた。ふわりと机の上にあった羊皮紙が浮き上がり、床に落ちた。

「これ」

 アンティールが拾い上げて、一読する。

「……」

「何て書いてあるんだ?」

「私宛の手紙、だったようです」

「手紙?」

 差し出されたそれを読む。

『アンティールへ。ナクヌ教授の様子がおかしい。ここにいるのはまずいかもしれない。私も夏の終わりにドゥメールに移動しようかと考え』

 文字は途中で途切れていた。ペンは床に転がっていた。

「……研究棟に行ってきます」

 アンティールは深刻な表情で呟いた。

「研究棟? なんで?」

「教授室があるからです。前々から胡散臭い男だとは思ってましたが、カリンの身に良からぬことが起きたのかもしれません」

「俺も行くよ」

「いえ、私だけの方が動きやすいです。ヒラサカさんはここでじっとしててください」

「お前だけだと危ないし、一蓮托生だろ」

「恋人にでもなったつもりですか? おとなしくお留守番しといてください。ナクル教授は生物進化論のエキスパートで期末テスト数学赤点の劣等生とじゃ会話が成り立たないんですよ」

「お前だって英語赤点とってたじゃねぇか」

「そんな古いこと覚えてませんね」

 下らない軽口を言い、アンティールは会話を打ちきり、研究棟へ向かった。


「さて」

 暇になった。

 やることもないので、窓から外を眺める。

 景観は良好だ。

 青空に白い雲。湖は穏やかに水面がユラユラと揺れている。さんざめく樹木の葉音は心地のよいリズムを奏でていた。脳内にJR東日本の旅行PRのCMのBGMが流れはじめる。

 紅葉は鮮やかで、こんなところでゆっくりできたら最高だろう。

 部屋の持ち主は不在だが、勉強机の前の椅子を引いて腰かける。

 机の上の写真たてには今よりずっと幼いアンティールと赤毛の少女のツーショットが入れられていた。幸せそうである。二人は学園の制服とおぼしき紺色の衣服を身にまとっている。

 この女の子がカリン・モットネートか。なかなか可愛らしい顔立ちをしているが、俺にロリコンの気はないので、机の横の本棚にちらりと目を移す。

「あ」

 英語で書かれた本がおいてあった。


  "On the Origin of Species"


 ページは茶色く変色しているが、そこまで古い本では無さそうだった。

 こちらの世界であちらの世界の文字をみるのは初めてだった。

 頭の片隅に記憶された英単語帳を引っ張りだし、思い出す。

 オリジンは起源、

 スピシーズは、

「そんなタイトルでちょっとエッチな映画あったな」

 たしか邦題が、

 種の起源。


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