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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼ミニスト魔導院
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さめざめと流れる季節のなかで


 冬が近付いてきた。


 ドゥメールは冬になると雪が積もり、行商人の往来も少なくなるらしい。

 ギルドとしての仕事をしていない間、冬ごもりの準備を進めることにした。薪を集めたり、保存食を作ったり、と、やることは山積している。


 ある日、世界樹周辺の枯れ木を伐採し、拠点(テント)に戻ってきたところ、アンティールがベッドで腹這いになって本を読んでいた。仕事もせずダラダラしているので、思わずムカつき、文句を言ったら、

「バカですね。一冬越すのにどれだけの薪が必要だと思っているんですか? そんな目算も出来ないのに薪集めてなにがしたいんですか。玄人向けのアウトドアは素人が易々と手を出していいものじゃないんですよ」

 と呆れたように反論された。

「じゃあ、どうするってんだよ。このままじゃ冬越せないぞ」

「こう見えてもこっちでの暮らしは長いですからね。ガチキャンなら任せてください。ボチボチ支度しようと思っていたところです」

 と勇んで立ち上がると、チェストから一枚の紙を取り出した。

「移動しますよ」

「移動?」

 ガチキャンじゃねぇじゃん。

「ドゥメールは盆地ですから、深雪になりやすいんです。逆に言えば四方を囲っている山さえ越えてしまえば、それほど冬は苦行ではなくなります」

「え、引っ越しすんの?」

「冬の間だけ移動するんです。ドゥメールの住人の半数がそうしています。だから移動に便利なテントが集まってるんですよ」

「集会所とか教会とかはどうすんだ」

「定住型の人たちが冬の間何してるかは知りません。ムーミントロールみたい冬眠してるのかもしれませんね。ま、私たちは私たちの身の丈にあった生き方をするだけですよ」

 彼女がそう宣言してから、次の日の昼頃にはテントのなかはすっかり空になっていた。あれだけあった荷物がどこに行ったかは不明だ。埋めたのだろう、と俺は睨んでいるが、結局のところアンティールにしかわからない。

 遊牧民のゲルのようになっている『髑髏の一団』のテントは丁寧に折り畳められ、ぺしゃんこになっていた。

「……今日、どこに泊まるんだよ……」

 あまりにも急すぎるので、呆然と立ち尽くしていたら、デカいリュックサックを背負ったアンティールは浅く息をはいて、一枚の正方形の紙をピラピラと揺すった。

「馬車を手配しています。魔導院に行きましょう」

 どうやらチケットらしい。

 魔導院……。事も無げにそう言ったが、目的地は噂に名高いミニスト魔導院のことだろうか。北の方にあることは知っているが、詳しい場所はわからなかった。

「古い知り合いがいるんです。毎年冬の間、寝泊まりさせてもらっているんですが、今年はどうにも連絡が来ないんで、様子を見にがてら、泊めてさせてもらいましょう」

 ずいぶんと自己中心的なやつだが、俺も泊めてもらえるのだろうか。


 寒風に身を縮ませながら待っていると、馬の骨格表損のような魔物が引っ張る馬車が教会裏の共同墓地入り口に止まった。

「魔物が引っ張ってるけどこれ大丈夫なやつ?」

「俗にいう白タクというやつです。安価なんですよ」

 俺の質問には答えず、アンティールは手をあげて、馬車を呼び止めた。どうやって生きているのかわからないぐらいスカスカした骨だ。

「非合法じゃん」

 たしか魔物の使役は特別な許可がないと行えないはずだ。魔物は凶暴化する可能性が高いので教会などの位が高い聖職者などがしか扱えないとなにかで読んだことがあった。

 乗車部分は箱形でわりとしっかりしており、きらびやかな装飾が至るところに施された豪華な造りになっているが、いまいち不安感は拭えない。とはいえここでじっとしているわけにも行かないので、車輪の回転と共に一路、北の魔導院を目指す。


 座っているだけで目的地につくのは楽でいい、と皮張のソファーに腰を下ろすが、この馬車の手配だけで、アメント救出作戦でゴネて受け取った雀の涙の達成報酬は使い果たしたらしい。わりに合っていないような気がするが、ゆったりと包み込む眠気に全部忘れることにする。


 過ぎ去るドゥメールの雑多な町並み。

 広がる荒野。

 青空に浮かぶ白い雲が車窓を流れていく。

 心地のよい揺れと蹄の音を子守唄に、俺は静かに目を閉じた。


 心地よい眠気が覚めきったころ、目的地周辺に到着したらしい。停車した馬車のドアが慇懃に開かれる。

 従者はシルクハットを目深にかぶって、一言も話さない不気味な存在だったが、仕事には忠実なタイプらしい。

 小さくお礼を告げて降りる。

「うおっ」

 あまりにも美しい光景に思わず息を飲んだ。しっかりとした地面に足をついたはずなのに膝が震えそうになった。

「懐かしいですね」

 アンティールの呟きが青空に溶けていった。

 紅葉が凄まじい。

 燃え盛るような山々に囲われた湖畔のほとりに洋風の建物が立っていた。まるでお城である。

 芸術家ならすぐにカンバスの用意をしそうなほど絵になる光景だった。赤や黄色と色とりどりの落葉が地面にカラフルな絨毯を敷き詰めている。

 従者にチップを渡してからアンティールは俺の横に立った。

「あれがミニスト魔導院です」

 馬が嘶いて、馬車が去る。蹄と車輪の音が遠くなっていく。

 静かな湖畔には鳥のさえずりが響いていた。

「さ、行きますか」

 荷物を背負ってアンティールが歩き始めた。



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