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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼隔離城下街
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廃墟の街、朝焼けの空


 俺はどれくらい死んでいたのだろう。


 疲れが完全に吹き飛んだ爽やかな目覚めだった。

 一瞬呆けてしまうが、朝靄に包まれた隔離城下街に全てを思い出す。

 胸に手をあてる。異物感は無かった。心臓の結界は外れている。

「どういうことだ……?」

 無限に死に続けることは無かったのだ。

 血の臭いがした。

 周囲を見渡す。

 全身血まみれだが、傷はない。ゆっくりと立ち上がり、血だまりで脳を落ち着ける。

「なんで?」

 手足も戻っていた。指を世話しなく動かし、神経が繋がっているのを確かめて、安心する。

 絶望的状況で間違いなく俺は殺されたはずだ。なのに、


 目の前にジェヴォーダンが倒れていた。

 顔面が鈍器で叩き潰されたみたいにぐちゃぐちゃになっていたが、微かに動いている。とてつもない生命力だ。ボロボロで砕けているが、真っ赤な鎧がなければ個人を特定することも難しい凄惨な現場だった。ほっといても彼がこの世を去るのは時間の問題だろう。いったい誰が殺ったのだろう。俺が死んでいる間に何が起こったのだ。

 右手で頭を抱えた時、

「痛っ」

 微かに額に静電気に似た痛みが走った。


「転写しておいたのだ」

 いつの間にかアメントが横に立っていた。ジェヴォーダンの左手はちぎれていた。

「心霊の紋章」

 彼女は背伸びをするように俺の前髪を上げて、額に触れた。血に濡れて固まった前髪を彼女は優しくとかしてくれた。犬を誉めるように撫でられる。

「紋章だけでも保持して逃げてくれればと譲渡したのだが、よもやこのような結末を迎えるとは……」

 ジェヴォーダンとの一騎討ちに臨む前か。結界越しに紋写しを発動させたのだろう。彼女がそれを使えるとは予想外だったが。

 こうなることを見越して俺に紋章を託したのなら、アメントは相当な策士だ。口ではとぼけているが、実際はどうだかわからない。

「……油断してたのかな、こいつも」

 アメントが恨みの力を使いジェヴォーダンを攻撃した時は事も無げに防がれた。俺をなぶり殺して悦に浸っていたのが敗因といったところだろうか。

「そういうわけではありません」

 ジェヴォーダンの背後にアンティールが立っていた。服はボロボロだが、怪我は無さそうだった。良かった、と声をかける前に、彼女の手に握られた錆びだらけの鋤が不穏な空気を醸し出していた

「心霊の紋章が効力を発揮するのは他者を恨んだとき。最大の力を発揮するのは殺された時ですから」

「え?」

 アンティールの言葉に雪の日の校舎を思い出した。

 絵の中で見た過去の光景で、樒原ヨイナが言っていた。

『心霊の紋章の持ち主を殺した相手はどんな存在だろうと消滅する』

 古の神をも殺した力だ。

「ヒラサカさんに宿った心霊の紋章を先に剥がさなかったのが敗因ですね。そして」

 ズンと鋤をジェヴォーダンの頭部に叩き込む。びくりと大きく跳ねて動かなくなだた。

「一撃で死ねなかったのが最大の失策です」

 オーバーキルだ。

 ジェヴォーダンが死をきっかけに、同時に広場を埋め尽くしていた獣の群れも崩れ去る。多数横たわるいくつものミイラにアメントは小さく手を合わせていた。

 広場を埋めつくす死蝋化した死体の数は数十にも上っている。この世の終わりとも見紛う光景だった。

 わざわざ止めをささなくてもいずれこの世を去った命だ。彼女はなぜ自らの手を汚したのだろう。

 恨みで人を殺すような少女ではないはずだ。意味のない行動は極力しないと思っていたが。疑問に思い尋ねると、

「この世にへばりつかず、大人しく死んでいれば輪廻の紋章で転生できたものを」

 ニタリとアンティールは醜悪な笑みを浮かべ、自らの腹部を愛おしそうに撫でた。はだけた衣服の隙間から、バラに似た入れ墨が見えた。かわいそうに、温泉には入れないだろう。

「ついでに獣と結界ももらっておきました」両手の甲にも紋章が入っている。

 とんでもないやつだ。

 いまの一瞬で二十四紋章のうちの三つも手に入れたらしい。漁夫の利もいいところだ。頑張ったのは俺なのに。

 不貞腐れた目で見ていたら、突然アンティールは「いたっ!」と叫んで後頭部に手をやった。

「?」

 どうしたのだろう。彼女はキョロキョロと周囲を警戒していたが、やがてぴたりと俺に目を止めた。

「いま、やりました?」

「なにを?」

「いえ……」

 ジトっと睨み付けられるが、何を疑っているのか分からなかった。

「……まあ、いいです」

 浅くため息をついて、彼女は伸びをし、朝焼けの爽やかな空気を目一杯吸い込んだ。

「お腹すきましたね」

 さきほど土手っ腹に風穴が空いていたのだから当たり前だ。

「朝食にしましょうよ」

「こんなところで?」

「なにバカなこといってるんですか」

 やれやれと肩を竦められる、

「帰りますよ。こんな汚ならしいところでご飯なんて食べられるわけないじゃないですか。死体が広場を埋め尽くしているんですよ。食欲だって減退します。さ、ヒラサカさん、さっさと帰還スキル発動させてください」

 親指をグッと突きつけられるが

「ちょっと休ませてくれ」

 ついさっきまで血だまりで死んでたのだ。体を拭いたくて仕方がない。手足は再生したとはいえ、なんだか痺れがとれなくてずっと違和感があるのだ。 

「やれやれ、だらしがない。唯一の取り柄ですよ。ここで踏ん張らないでどうするんですか」

「……」人を人とも思わない言葉に思わずイラッとしてしまった。

「なんですか、その目は。言いたいことが、あるならはっきりと言葉に、痛っ!」

 何者かに殴られたかのように、アンティールは頭を下げた。そのあとうずくまり、痛みに耐えるようにジッと動かなくなった。

「……」

 よくよく耳を澄ますと何やらブツブツと独り言を呟いている。

「おい、大丈夫か?」

 心配になって、声をかけると、アンティールはスックと立ち上がり、見たこともないような美しい微笑みを携えて顔をあげた。

「お気遣いありがとうございます。ヒラサカさんは体調大丈夫ですか?」

 豹変にぎょっとする。

「あ、ああ。俺は大丈夫だけど、お前は大丈夫か?」

「私の心配をしてくださるとは、本当に素晴らしい人徳をお持ちですね」

 ニコニコと微笑んでいる。一流ホテルのコンシェルジュのような完璧な微笑みだった。それが不気味だ。

「なんだお前、まじで気持ち悪いな」

 と言った瞬間、堪忍袋が切れたように「うるさい!」と怒鳴れた。

 情緒不安定にしか見えなかった。

「下手にでてればなんですか、その態度!」

「なんで下手にでるんだよ」

「む……」

 アンティールはしばし無言になり、考え事をするように顎に手をあて、「うんうん」と唸っていたが、やがて口を開いた。

「それはそうとアメントさん。これからどうするんですか?」

 突如話を振られたアメントは目を丸くして、

「どう、とは?」

「いえ、紋章を失ってしまったら、聖女という肩書きは使えなくなるんじゃないんですか?」

「やもしれぬな。だが、それでよいと……」

「いえいえ、ユーグレナと無傷のアメントさんを救うと約束した手前、万全の状態じゃないと」

 妙に優しいアンティールに違和感を覚えるが、心配される側のアメントは特に気にした風はないらしい。首を横に振りながら彼女は続けた。

「いや、これを機会に引退……」

「そんなことはダメですよ。あなたは愛教信者の輝ける星なのですから」

「しかし、もはやただの人形になった私に価値など……」

「大丈夫! まだこの時間なら紋章写しの術を施すことができます。さ、ささ、ヒラサカさん、こちらへ」

 突然話をふられて思わず「は?」と声が出てしまった。アンティールはニコニコと機嫌良さそうに俺の手を取った。

「あ、心霊の紋章を戻すってこと?」

「そういうことです。朝日が残っている今しかできないんですよ」

 なんかやけに焦ってるな。具体的な日の傾き具合とはは知らないが、時間制限がある術なのだろう。

 仕方なし小走りでアメントの横に立つと、少女は両手をあげて、呪文を唱え始めた。

「待たれよ」

 それをアメントが制した。

「もはや紋章などは求めておらぬ」

「えぇ、何をいってるんですか!」

「より正確に言うなれば、心霊の紋章を御する自信がないのだ。私は今回の件で他者を恨むことを知った。輪廻により魂の記憶を思い出した私にそれを持つ資格はない」

「いや、そういうのいいんで、ヒラサカさんが持ってると、ともかく私が危険なんですよ」

「え?」

 ぽつりとアンティールのこぼした愚痴にピンと来た。

「というわけで、写しますね。目をつむってください」

「ちょっとまて! そういうことか、お前!」

「稚児の駄々に親が抱く程度のわずかな焔で殺されたんじゃたまったもんじゃありませんから」

「あ」

 がくん、となにかが抜き出たような痙攣が起こった。妙な感覚だ。目眩がし、治まった視野の正面にアメントがうつむきがちに立っていた。

 額に心霊の紋章が戻っていた。

「……」

 アメントは悲しげな瞳のまま額のそれを指でなぞるように撫でて、物憂げなため息をついた。

「以前と同じようにするのは難題だ」

 彼女の魂は過去を知った。輪廻に還ったのだ。詳しいことはわからないが、聖女はより厳しく自らを律しなければならないだろう。

「心を殺さなくてはならない」

 ぽつりと呟く。

 朝焼けの街に不釣り合いな寂しげな呟きだった。それはひどく悲しい響きを持っていた。

「せっかく……心を取り戻したのに……」

 なにも言えずに、俺はただ朝焼けに照らされた白髪の少女を見た。

「仕方がないんでサービスしときましたよ」

 アンティールがアメントの手を包み込むように取った。

「え? これは……」

「結界の紋章」

 手の甲に四角を二つ重ねたような紋様が刻まれていた。ジェヴォーダンが持っていたものと同じだった。

「どうしても、他者を殺したくてしかたがないと強い恨みを抱いたとき、発動させてください。結界の紋章は能力を一時的に封じる力も持っています」

 目をつむり祈るように二人は手を繋いでいる。

「よいのか……?」

「獣だけでもいい収入ですし、なにより」

 にたりと微笑みアンティールは続けた。

「お陰さまでお金持ちになるんでぇ!」

 清々しいほどの笑顔でアンティールは語っていたが、闇クエストを結んだのはユーグリットの独断であることを理由に報酬を満額貰えなかった彼女がぶちギレるのは翌日の話である。

 世界が平和であればいいのに。



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