君と終わりのパラノイア
横たわるアンティールの近くに転がっていた剣を拾い上げた。じんわりと手のひらから鉄の冷たさが伝わってくる。
俺の様子をニタニタしながらジェヴォーダンは眺めていた。
「たまぁあに、勘違いさてるやつがいるのだああ、強い武器が手に入ったから自らも強くなったと錯覚しているやつがなぁああ」
「身の程はわきまえてる」
ゴングはとうに鳴っている。それでもこいつが俺に武器を拾わせたのは一重に余裕からである。それが侮りだと思わせたいが、どうにもこうにも分が悪い。
「一つ良いことを教えてやろうぅうう」
「なんだよ」
「不死の紋章はさほど強くないぃぃぃぃ」
何だかんだでこの能力には助けられて来ている。強くはなくても、弱いとは思えなかった。
だって、死なないんだぜ。人類の夢じゃないか。
不老じゃないし、痛いのは辛いけど、死ぬことはないから、無茶ができる。
俺は上体を低くし、ジェヴォーダンの下半身を狙い、剣を横に振った。
「例えばぁぁぁ、超再生の力が備わっているわけではぁぁぁ、なぁあああい!」
「うぐぁ!」
何が起きた?
右足に熱を感じると同時に、バランスを崩し、前方の民家に突っ込むように転んでしまった。
「え?」
ぶれた視界に汗が吹き出る。
「その傷が治ることはなぁぁぁぁい!」
「傷?」
右足をみる。
無くなっていた。
「な」
切られたのだ。太刀筋が見えなかった。
ジェヴォーダンの近くに俺の靴が転がっていた。いや、中身まで入っている。くらくらしてきた。
「くっそ!」
全身で方向転換し、今度こそ、と飛び上がろうとしたが、
「あぁあ!」
今度は左足に痛みが走った。
「痛ぇ!」
舌だ。
トカゲ人間になったジェヴォーダンの舌が超高速で俺の身体を攻撃しているのだ。
両足ともやられてしまった。
動けない。そして何より、
痛い。
「まだやるのかぁぁぁぁ?」
「……ぐぅうう」
痛みに耐えながらなんとか剣の柄を握る。
「てめぇ、この糞がぁっ!」
届くはずもないのに、剣を振り回す。空しく空を切る音が響く。
「話にならなぁいいい! 貴様はあまりにも弱すぎるぅぅぅ。紋章の力による慢心かぁあああ!」
「がぅあ!」
右手もちぎられた。
余りの痛みに失神しそうになる。カランカランと刀身が地面とぶつかり虚しい音が響いた。
「不死なる者を殺すのは難しくないぞぉおお!」
それって矛盾してないか?
「もっとも簡単なのがぁぁぁ、重りをつけて海にでも突き落としてやることだぁぁぁ。呼吸が出来ず死を繰り返すのだから、いっそ死ねたらどんなに楽かとすぐに思うようになるぅぅぅ」
「ここに、海はないだろうがぁ!」
左手を伸ばす。自分の右手がついた剣を掴む。あたりは一面血の海になっていた。全てが全部自分の血液とは信じられ無かった。
ザン、と砂場にスコップでも射したような小気味よい音がして、俺の左手は吹き飛んだ。
「うぉおおおおお!」
万事休すだ。四肢がもがれた。あまりにもグロテスクな光景に気絶しそうになるが、走る痛みがそれを許さなかった。
「例え話よぉおおお! もう貴様はまな板の上の鯉も同然んんん」
ジェヴォーダンが左手を伸ばした。
「貴様のぉ、心臓の近くに球体状の結界をぉぉお、はるぅ」
「なんで……」
「不死で生きかえったもしても、それが邪魔ですぐに死ぬからだぁあああ。楽に逝きたいのならば、紋章を素直にさしだせぇえぇえ」
「……」
「手足にぃぃぃ、紋章はなさそうだなぁあああ、どこに宿しているぅううう。早く出すのだぁあああ」
血を失いすぎて、頭が回らないが、返答は考えるまでもなく、決まっていた。
「くそ食らえ」
冷たく俺を見下ろすと、ジェヴォーダンは結界の紋章を光らせた。
「ならば死体に聞くまでよぉぉ」
「あ」
ただそれだけだ。
それだけで、俺は死んだ。
胸が苦しい。心臓の一部を結界で抉られたらしい。いままで味わってきた偽物の死ではない。
いつもなら、これで終わってまた始まるだけだが、今回ばかりはそうといかない。
結界がはずされないかぎり、生き返ってからも死に続けるのだ。後悔しても遅い。
これから俺は何度か死を体験し、ジェヴォーダンが飽きたころに紋章を奪われ、殺される。確定した未来に総毛立つ。
不死の紋章はどこにあるんだっけ。ぼんやりとかすれ行く意識で考える。
ああ、背中だったか。
「あああああああああ!」
喉がちぎれんばかり、叫ぶ。あまりの痛みに発狂しそうだった。
惨めな人生だった。
これでおしまいだ。
意識が痛みから逃れようと、走馬灯が駆け巡る。
両親、友達、先生、学校。
もう、何年前の事なのだろう。
結局、俺はなんのために生きてきたのだろう。
受験、大学、就職、結婚……そういう当たり前を経験せずに俺は世界の果てで朽ちる。
少なくとも、こんなところで惨めに死ぬなんて想像もしていなかった。
こいつさえ、こいつさえいなければ。
ジェヴォーダンが愉快そうに頬を歪めている。
真っ赤に染まった視界。
こいつさえ……。
死の感覚が冷たく体を包み込んだ瞬間、俺の全身の毛穴からドス黒い煙が沸き上がるのを見た。水をぶっかけたドライアイスのように地を這うように広がっていく。
これ……。
アメントが、使ってた……。
途切れる意識。文字通り事切れる。
意識が掠れて消えていく。




