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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼隔離城下街
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ホイールオブフォーチューン


 炎が周囲を焼き尽くす轟音。

 隔離城下街をとりまく寒気をも吹き飛ばす。

「ヒラサカさん、魔力がまもなくつきます。剣を」

 ジェヴォーダンに向けて放たれていた火炎が、ピタリと止む。と同時に剣を渡し、走り出す。

 アンティールは真っ直ぐジェヴォーダンが立っていた位置に突っ込む。残り火が凄いが、獣はたしかに一掃された。肉が焦げる臭いと脂が弾ける音がする。焼き肉あとの鉄網のような状況だ。

 結界に囲まれたアメントのもとへ急ぐ。

 火炎に包まれて心底ビックリしたのだろう。目を丸くしていたが、幸いダメージはなさそうだった。攻撃の起点をこの辺りから始めることで、計画通り結界がバリアになってくれたらしい。そのあとの火炎でジェヴォーダンが倒せていればよかったのだが、そこまでうまくいかなかったようだ。

「アンティール、はやく!」

 結界はいまだ健在だ。拳を固く握りしめ、叩きつけるがビクともしなかった。

「ヒラサカさん、失敗です!」

 アンティールの声に振り返る。

 ジェヴォーダンが立っていた位置には赤黒い巨大なトカゲがいた。

「トカゲ?」

 と呼ぶのも奇妙な容姿をしていた。

 頭に当たる部分は複数の目玉に覆われ、グロテスクで、全身が謎の粘液で粘っている。

「自らを獣化させたみたいです! 刃が滑って通りません!」

 作戦は続行するしかない。

「どうにかして、切り落とせ!」

「簡単に言ってくれますね!」

「作戦はお前発案だろ!」

「エス・エイチ・アイ・ティー!」

 アンティールが悪態をついた、瞬間、彼女の腹部を何かが貫いた。

「ぐっ」

「アンティール!」

 舌だ。

 青白い舌が、少女の腹に穴を開けている。

「え……」

 あまりにもあっけなかった。

 目の前の光景が信じられなかった。

 傲岸不遜のアンティール・ルカティエールの最期としては、あまりにも……。

「こいつ……」

 アンティールが血を吐きながら、引き抜かれた舌とともにその場に崩れ落ちる。ぐしゃりと地面にゆっくりと赤黒い血だまりが広がっていく。

 もう助からないだろう。彼女のお腹の真ん中にはぽっかりと穴が開いていた。アンティールは俺と違い生き返ることはできない。

 誰の目に見ても死は明らかだった。

「アンティール!!」

 少女の名前を呼んだ、そのとき。

 アンティールの体がぼんやりと青白い光を放ちはじめた。

「これは……」

 この光は見たことあるぞ。

 振り向くと、結界の内側でアメントが祈るように手を胸の前で組んでいた。 

「心霊の紋章……!?」

 そうだ、聖女は紋章の力を癒しの力に転化しているんだ。

 意識を失ったアンティールは健やかな寝息をたてはじめたが、依然ピンチは続いている。ライオンの檻の中で昼寝しているようなものだ。

 倒れたアンティールの横に立つ、巨大なトカゲはみるみるうちに縮んでいき、やがて人型になった。とはいえ、推定慎重派二メートルだ。顔だけは依然として獣のままである。

「すばらしぃぃぃいいいぞおぉ!」

 トカゲ人間になったジェヴォーダンが叫ぶ。

「心霊の紋章の本来の使い方とは異なるが、次の段階に能力を昇華させたのだなぁあああ! よいぞぉおおお!」

 大きく口を開いて、紫がかった夜空にジェヴォーダンは叫ぶ。水掻きが生えたが、右手と左手は健在だ。

 獣の紋章も結界の紋章も、

 ジェヴォーダンの手の内あるのだ。

 俺たちに勝ち目はない。

「本来の使い方……」

 ぽつりと白髪の少女が呟いた。

「アメント?」

 アメントは無表情に結界に手を伸ばした。

「貴公、手を……」

 アメントが優しく名前を呼んだ。

「手?」

 顔をあげる。穏やかな少女の笑みがあった。彼女は透明な結界に手のひらをつきだして触れていた。まるでガラスのようだ。それに手のひらを合わせる 。

「これから、どんな残酷な運命が待ち受けようと、ワタクシの魂は貴公と共にある。生まれたことを後悔してはならぬ。この世界は一人では広すぎる。また生きて会おう」

 澄んだ瞳で呟かれた。

「そうだな……」

 一筋の光が城門前広場に射した。

 夜明けだ。


 城門前広場に柔らかな黄金の光が射し込む。東の空は朝焼けで真っ赤に染まっていた。最後に見る景色が美しいものでよかったと背後を振り向く。

 地面に仰向けに倒れたアンティールの衣服ははだけ、腹部が露になっていた。

 白い肌には傷一つない。

「野郎……!」

「ぐははははははは!」

 トカゲ人間が愛しそうにお腹を擦った。

 アンティールの『輪廻の紋章』は奪われてしまったらしい。

 夜明けの太陽光が紋章を移動させるのに必要な要素だと、さんざん言っていたではないか。

 ジェヴォーダンの次の目的は俺とアメントの紋章だ。

 身構えるが、俺たちを無視して、倒れたままのアンティールの方をむいた。

 どうやらいつでも倒せる俺たちは後回しにし、先にアンティールを獣の紋章で自らの支配下におこうとしているらしい。

「待て!」

 ジェヴォーダンはちらりとこちらを見たが、足を止める気配は無かった。

「待てって言ってるだろ!」

 いや、わかってる。ここであいつが足を止める理由はない。

 なにかそれ相応の取引を持ちかけないかぎり。

「そこで止まらなかったら」

 脳がフル回転する。

「俺は逃げるぞ!」

 口から飛び出た言葉は出任せだったが、ジェヴォーダンは興味深げにこちらに目線をやった。


「逃げるぅぅ?」

 ニタニタと唇の隙間から牙が覗いている。

「この状況でぇえええ、逃げられと思っているのかぁあああああああああ!」

 語尾を信じられないくらい間延びさせる。

「ああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 ほとんど悲鳴にしか聞こえなかったが、

「おお……おお……」

 その咆哮に応えるように広場の消し炭になった遺体がゆっくりと起き上がりはじめた。

「なっ」

 さながらゾンビだ。

「獣の紋章はぁぁぁぁああ、他者を獣に転化させるものぉおおおだあああ! 完全に灰にしないかぎりぃぃぃぃぃ、こいつらは何度でもよみがえるぅううう!」

 ゆっくりと、起き上がった獣はアンティールによって受けたダメージなど微塵も感じさせないほど、しっかりと立っていた。灰にしたと思うが、あの程度では足りなかったらしい。

「逃げられると思うのならばぁぁぁぁ、試してみるがよしぃいいい。不死の紋章もぉおお、すでに我らのものよぉぉおお」

「どんな状況だろうと俺は逃げ切れる」

 きっぱりと言い放つ。

「なにぉぉぉおお」

「俺には帰還スキルが備わっているんだ」

「帰還んんんん!?」

 ジェヴォーダンが目玉をひんむいた。血走っていて、怖い。

「まさか完成したのかぁぁああ」

「そうだ。俺はこいつらを見捨てて逃げることができる」

 結界の向こう側のアメントを親指で指差し、不敵に笑う。

 嘘だ。

 帰還スキル発動のためには精神統一が必要だ。

 このような状況下でパッとワープがでるほど万能ではないが、どうにかこうにかジェヴォーダンの意識を俺に向けさせることができた。

「だが……こいつらは俺にとっても大事なやつらなんだ。だから、ジェヴォーダン」

 鞘を掲げる。

「俺と一騎討ちしろ」

 ここからが、ほんとうの賭けだ。

 俺は負けても構わない。死んでも生き返るから。

 俺の狙いはただ一つ、ジェヴォーダンの両手を切り落とす。その一点のみに集中しよう。

「貴公……」

 結界の向こう側でアメントが心配そうに瞳を潤せた。


 向こうの目的は俺の不死紋章を奪うこと。

 俺の目的はジェヴォーダンの殺害、および、紋章が発動できないようにすること。

 どう考えても分は悪いが、同じ土俵にあげることができた。

 ジェヴォーダンは俺の誘いにのった。

 ヤツの目的はあくまでも紋章を集めることであり、ここで一つでも逃すのは得策ではないと判断したのだろう。

「貴公、耳を……!」

 結界の向こう側でアメントがなにかを使えようとしていたが、慰めの言葉は聞きたくなかったので、「任せとけ」とだけ告げて、足を前に進める。



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