引かれ者の小唄
夜明けまではまだ時間がある。俺とアメントは準備を整え、城門前広場に向かうことにした。
心霊の紋章に真の力に目覚めたばかりのアメントはまだコントロールに慣れていない。直接対象を目の前にしていないと発動できそうにない、と本人が言っているのだから間違いないのだろう。
恨みのエネルギーが相手に襲いかかるという能力だ。感情がないホムンクルスが持っていたことで、辛うじてコントロールされていたが、これから先は大丈夫だろうか。と少しだけ不安になる。
白みはじめた東の空。少し明るくなった城門前広場は獣に溢れていた。多種多様な容姿をしているが、全員が二足歩行をしており、ハロウィンの仮想行列を思わせる。
彼らは銅像のように動くことはなかった。呼吸はしていたが、体温がない、すでに死人の息は白く染まる事はなく、ジェヴォーダンの命令がなければ襲われることはない。
とはいえ、これだけの数は驚異だ。広場に立ち込める何とも言えない死臭は獣臭さもあいまって気分を悪くさせた。
「あなた、絶対モテませんよね。一人のときはテンション高いくせに他の人がいると静かになるやつ。どこの世界にもいるんですね」
「……」
「ちょっと聞いてるんですか? そーゆーとこですよ。女の子が話してるんだから、ちゃんと耳を傾けないと。相槌も打てないんですか?」
アンティールは思ったより元気そうだった。縄で縛られ地面に座らされているが、おしゃべりをやめることはなく、ジェヴォーダンに声をかけ続けている。彼女以外に言葉を発するものはいなかった。
「あ……」
矢継ぎ早に言葉を吐き続けていたアンティールが、広場に現れた俺とアメントを見つけて、言葉をつまらせた。
「来ちゃったよ」
呆れたように小さくため息をつく。全くもって同感だが、勝算が無いわけではない。
「きぃぃぃぃぃたぁぁぁあぁなぁぁぁあ」
口を真一文字な結んだままだったジェヴォーダンは広場に現れたアメントを見つけると、嬉々として叫び声をあげた。
「逃げも隠れもせん。さあ、約束よ。その娘を解放せよ」
びしっ、と指を指し、威嚇のようにアメントは叫んだ。
「よかろぉおう」
ジェヴォーダンはにたりと笑みを浮かべて続けた。
「ただしぃいい、紋章は剥がさせてもらうぞぉおお。貴様もだぁああ、心霊の紋章の持ち主よおおぉおお」
ニタニタ笑いながら、ジェヴォーダンはアンティールの頭に手をポンと乗せた。嫌そうに首をふりアンティールは呟いた。
「私は別に構いませんけど……あなたは大丈夫なんですか?」
「気にするな。心配は無用である」
「……そのまま逃げればいいのに」
「犠牲の上に幸福などありえん。紋章がない私は役立たずに戻るだけよ」
アンティールとアメントは無表情で見つめあっている。
「奇跡など無く、聖女はお飾りのただの人形だったというだけの話」
夜空はもはや明るい。日の出がまだなだけで、時間的には早朝だった。残された星々がいつもと同じように輝いている。
アメントの寂しげな呟きに応えるように、ジェヴォーダンが大口をあげた。
「安心しろぉおぉ、人形よぉおお、貴様はどのみちもとの場所には戻れぬぅう」
「……どういう」
「街に張り巡らせた結界は紋章の影響下にない無知蒙昧をぉおおお、拒絶するぅううう。つまりいいぃい」
黄ばんだ歯を見せてジェヴォーダンはニヤけた。
「どぉのみちぃぃぃ、紋章を失った貴様らに逃げ道などないのだぁおお、だぁがぁあぁ」
ジェヴォーダンは左手の甲をこちらにつきだした。
「どぉしてもぉ、外に出たいの言うなればぁ、獣の紋章で俗世間から隔離してあげょよぉおぉおう! これで我々は同士だぁあぁあ」
大きなお世話にもほどがあった。
「騙したのか!?」
アメントが怒鳴った。
「騙してなどぉぉぉ、いないいぃいいい。ともにぃぃぃ、グランシールを再興しようではぁ、ないかぁぁぁぁあああ」
持っていたムチをしならせ、横のアンティールを打ち付ける。「つっ」小さく悲鳴をあげた。抉られた頬から血が垂れている。
「もっともぉぁぉぉおお、一度条件を受けたのだから、そちらに拒否する権限はぁあ、なぁいぃぃい!」
ジェヴォーダンは右手を大きく振り上げた。右手の甲にあるのは、獣の紋章。このままではアンティールが獣にされてしまう。
アンティールの瞳に怯えが見えた。
「やめろぉっ!」
たまらずに叫んでいた。
びたりと手を止め、ジェヴォーダンが俺に一瞥をくれた。
「不死紋章かぁぁぁぁああああ!」
なんでわかったんだ。こいつ!
鋭い目付きにこちらから声をかけたのに、怯んでしまう。
「今日はなんて素晴らしき日だぁあ! 一日に三つも紋章を取り返せるだなんてぇ!」
「な、なぜそこまで紋章に拘るんだ」
いや、わかってる。アンティールが言っていた。紋章一つで万の兵士に匹敵する力を持っていると。言い過ぎではない。なぜなら、実際に紋章を生み出すのに万の命が使われたからだ。
「それらは全て我らが王の持ち物ぉ! 簒奪者よぉおお! グランシールにおいて、無許可で王の所有物に手を触れるのは、それだけで死罪よぉお! 償うがよいぃいいい!」
「王はもういない! とっくに死んだって気づいてるんだろ!」
「有象無象の尺度であの方を語るでなぁああいいい! 王は神、神は死なないぃいいい!」
こいつにはなにを言っても無駄だ。
「アメント!」
聖女は静かに頷き、手を胸の前で組んだ。
「……貴殿はこの世にいてはならぬ存在のようだ。他人に迷惑をかけてまで我を押し通すのは我が儘というもの。汚れた血よ。それを度外視したとしても」
アメントがうつむく。ジェヴォーダンの紋章が淡い光を放ちはじめた。
「私は貴殿が嫌いだ」




