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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼隔離城下街
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雨のち雷雲


 陶器のように白い肌をした、美しい少女だった。年の頃は六、七で、アンティールと同い年くらいだ。地面に触れそうなほど髪が長い。後ろ手に縄で縛られている。

 少女は薄く瞳を閉じ、虚ろな表情をしていた。

 なんともいたたまれない光景である。できることなら今すぐ助けだしてあげたいが、獣の群衆をどうにかしなければ不可能だ。


「我が王よぉおおお!」


 赤い鎧の男が突如として叫んだ。

「我らが王よぉぉぉおおおお!」

 深淵の獣どもは全員土下座するように頭を垂れた。俺とアンティールも目立たぬようそれに倣う。

「今宵、遂に宰相ヨイナ・シキミハラに持ち逃げされた紋章が一つを見つけだしましたぁあああ! 我らが王よぉぉぉお! どうか、どうかぁ、お声をおきかせくださいませぇえい」

 獣が静かな分、男の異様な叫びが延々と響き渡る。

「門を開けてくだされぇえい。我らが王よぉおお、どうかぁあ!」

 とてつもない声量だ。ビリビリと空気が震えている。

「なるほど。合点が行きました。あの赤い鎧、あれこそがジェヴォーダンです」

 テンション高い不審者とは対照的に至って冷ややかな口調でアンティールが呟いた。

「なにをバカな。何百年も前の人のはずだろ」

 頭を下げながら、上目遣いで叫び続ける男を観察する。

 小柄だががっしりとした体格をしている。髭がモジャモジャで表情はうかがいしれないが、着こんだ赤い鎧は新品のように光を反射していた。

「結界の紋章で自らを封じ込めたのでしょう。一定の周期で目覚めるように設定したか……不老不死ということはないと思いますけど」

 門の前で叫び続ける男はハタからみても頭がちょっとアレにしか見えなかった。星が綺麗な夜だけに、なんだか哀れに思えてくる。

「あ」

「どうした?」

「獣の紋章もジェヴォーダンが宿しているようですね。やつの右手を見てみてください」

 激しく腕を動かしているので、わかりづらいが、入れ墨のような三角形が右手の甲に刻まれていた。

「二個持ち!? そんなんありか!?」

「理論上は不可能ではありません。時の王マグラドレは二十四紋章全てを手にしようとしていましたから。しかしながらあまり意味がある行為とは思えません。スマホ二台持ってたってそんなに意味ないでしょ?」

 ジェヴォーダンは喉がちぎれんばかりに叫び続けている。城の中にいる王様に語りかけているらしいが、返事は一切無かった。

「だんだんと見えてきましたよ」

 眼光鋭くアンティールは続けた。

「結界の紋章で遺体の腐敗を押さえ、獣の紋章でエダ城下町の民を深淵の獣にし、操作しているんです。そして」

「我が王よぉおお! 夜明けには心霊の紋章を不埒な輩から取り戻しまするぅうう!」

「あの男は紋章を集めています」

 たしかに叫んでいる内容から、そのように推測できるだろう。わざわざキメ顔で言うことではない。

「結界の紋章で仮死になっていたジェヴォーダンは、二十四紋章の持ち主が通りがかることを目覚めのタイミングに設定していたのでしょう。前回は獣の紋章、そのときに隔離城下街の噂が出来上がったのです。そして、今回は私とヒラサカさんがシジョウ死刑場に行ったことで、あの男は目を覚まし、紋章狩りを始めたと推測できます」

「……あまり気にするのはやめよう」

 聖女アメントと愛教の護衛団がシジョウ死刑場の慰問したのは、周辺のモンスターが凶暴化し、治安が悪くなっていたからだとユークリッドが言っていた。

 髑髏の一団は、ちょうど一ヶ月ほど前にマンドラゴラ採集に死刑場を訪れたのだ。

「しかし、あのおっさんは紋章を集めてなにがしたいんだ?」

「叫んでいる内容から想像するに、マクド王子が城に引きこもって出てこないんじゃないですかね」

 たしかに、城門を開けてくれ、城門を開けてくれ、とそれしか言っていない。

「ジェヴォーダンはマクド王子が引きこもった原因を十三紋章が行方不明になったからと考えているのかもしれません」

 だとしたら随分哀れな人だ。何百年もずっと引きこもりった王子の世話をしているのだろう。献身を通り越して狂気である。

「だから、紋章を集めていると」

「一つで万の兵力を誇るという紋章です。誰もが喉から手が出るくらい欲しているのは事実。それにしても名将ジェヴォーダンとは厄介な相手です。伝説では十五の戦を経験し、無傷だったとか」

「あのさ根本的な疑問なんだけど、紋章ってうつせるの?」

「宿主の意志があれば可能です。それとは別に強制的に移動させる紋写の術というものがありますが、ジェヴォーダンはおそらくこれを行おうとしているようです。条件達成がいろいろとめんどうですが」

「どんな術なんだ?」

曙光(しょこう)で紋章を照らすのです」

「曙光って?」

「夜明けに射す朝日のことです」

「だからか」

 先程からジェヴォーダンは「夜明けには心霊の紋章を取り戻す」と豪語している。

「絶望的状況だな」

 広場を埋め尽くす獣の数はざっと見積もっても百は下らない。対する俺たちは二人だ。

 曲輪で相対したオウルベアの力量を比較して考えると、このまま特攻したところで勝ち目はないだろう。

「本当なら諦めて帰るところですが、ジェヴォーダンがドゥメールを攻めてこないとも言い切れません。敵将が目の前にいる今こそ好機かもしれませんね

「なにか手があるのか?」

「私に考えがあります」

 アンティールがニタリと微笑んだ。


「我が王よぉおおお」

 ジェヴォーダンは相も変わらず同じ内容を延々と叫んでいる。

 広場を埋め尽くす深淵の獣どもは、身動ぎ一つせず頭を垂れたままである。静かな息遣いと衣擦れの音が、さざ波のように聞こえてきていた。

「しずまれぇい」

 問題児をしかる熱血教師のように横のアンティールが突如として立ち上がり叫んだ。

「お、おい、アンティール」

 考えがあるとは言っていたが、いきなりの出来事に彼女の正気を疑った。段取りも打ち合わせも一切なしだ。

「しっ、ヒラサカさん、私がヨシというまでじっとしていてください」

 アンティールが小さく俺に声をかけた。

 彼女は毅然とした表情でまっすぐにジェヴォーダンを見つめている。

「……なんだぁあああ、貴様はぁああ!」

 当然ながら怒りを露に叫ばれた。ジェヴォーダンにしてみれば、演説中に生卵を投げつけられたようなものだろう。

 中空で二人の視線がぶつかり合う。

「その口の聞き方はなんだッ!」

 アンティールは腰に手をあて、ジェヴォーダンを睨み返した。

 意味がわからない。

 偉そうにすることで、相手を屈服させようとしているのだろうか。そんな方法うまくいくとは思えなかった。

「何者だぁあああ! 貴様ぁあああ!」

「まだわからぬか!」

 アンティールが叫ぶ。

 ビリビリと空気が震えるほどの声量だった。

「マグラドレが長子、マクドナルド・グランシール。エダ城が城主。暴風のジェヴォーダンともあろうものが耄碌したか!」

 大洞吹きだった。

 とてもじゃないがその程度のブラフが通じるとは思えなかった。

 マクドナルドは王子だ。面識もないし、どんな人から知らないが、少なくとも性別が違う。

 こいつは一体なにを考えているのだろう。何百年という歳月でジェヴォーダンの記憶があやふやになっているとでも思っているのだろうか。

「なにをいっておるのだぁぁぁぁ!」

 当然ながらジェヴォーダンは怒り狂った。腰に下げていた剣を引き抜き、アンティールに向かって突きつける。それを合図にしたように、広場にいたすべての獣が立ち上がった。

 慌てて俺もそれに倣う。獣はアンティールとジェヴォーダンを結ぶように間を開けた。

「小娘如きがぁあああ、我らが偉大なる王を騙るでぇえええ、なぁああああいぃいいいい!」

「これを見よ!」

「お、おお!」

「まだわからぬか!」

 ジェヴォーダンが咽び泣く。

「おおおおぉぉ!」

 俺は我が目を疑った。

 アンティールは服をめくりお腹を出していた。

「なぜ……」

 思わず呟いてしまったが、しばらくして合点がいった。

 アンティールのお腹には入れ墨が掘られていた。ヘソを中心として、バラのように見える奇妙な模様。

 これこそが『輪廻の紋章』。アンティールに宿っている二十四紋章の一つだ。

 だが、なぜこのタイミングでジェヴォーダンに見せるのだろう。間違いなく狙われる。危険きわまりない。

 そのはずなのに、ジェヴォーダンはその場で平伏した。深淵の獣どもも頭を下げる。大慌てで俺も地に頭をつけた。さっきから卒業式みたいに立ったり座ったりだ。

 広場で唯一仁王立ちしたアンティールは顎をしゃくり、

「ようやく理解したか。ジェヴォーダン。久しいな」

 と偉そうに呟いた。

「我らが王よぉぉぉお! 輪廻の紋章でご転生なされていたのですねぇええ!」

 ジェヴォーダンが、泣きながら叫ぶ。髭が鼻水と涙でぐちゃぐちゃになっていた。汚い。

「……」

 そうか。

 輪廻の紋章の効力は大きく分けて三つある。

 死者の魂を輪廻の環に還す。

 接触時に対象の前世の記憶を呼び覚ます。

 そして紋章の持ち主が命を落とした場合、今世の記憶を来世に引き継げるというものだ。

 アンティールには歴代の『輪廻の紋章』の持ち主の記憶が宿っている。

 だから、前世が日本人のミナトキリカにも関わらず、すぐにこちらの世界に順応し、黒魔術に精通できたのだ。

「……」

 いや、まて、おかしいぞ。

 興奮した思考が鎮まる。

 輪廻の紋章は『放浪者のヨイナ』に持ち逃げされたのだ。

 つまり、ヨイナがミナトキリカに紋章を与えるまで持ち主はいなかったはずだ。

 経験値は一度リセットされているのだ。

 だったら、マクド王子が紋章を持っていたかなんてわからないはずだ。

 やっぱりこれはまるっきり賭けじゃないか。

 いい考えと言ったときのアンティールの笑みを思い出す。

 うまくいくのか?

 見上げたアンティールの頬に一筋の汗の玉がつたっていた。

 あるいは、俺が知らないだけで、何かしらの情報を、彼女は持っているのかもしれない。

「王よぉおおお!」

 ひとまずは、うまくいっているみたいだ。長い眠りでジェヴォーダンはそこまで考え至ることはできなかったらしい。

 安堵の息を小さく吐いてから、

「ジェヴォーダン、その娘をこちらによこせ」

 アンティールは密かにほくそ笑み、アメントを指差した。

「なぜぇですかぁああ!」

「久々に心霊の紋章がみたい」

「かしこまりましたぁ!」

 アメントは鶏型の獣に引きずるようにして、アンティールのもとへ移動させた。

 ジェヴォーダンも移動しようとしたが。それはアンティールが制した。

「貴様はそこで待機しておれ」

「しかしぃいいい」

「貴様はしゃべり方がうるさいから、ヨシというまで黙ってろ」

 初対面にも関わらず辛辣なやつだ。


「き、貴公は」

 近くに来たアメントが目を丸くしたが、「助けに来ました。少し静かにしていてください」とアンティールが囁くように言い、鶏からアメントの手枷の縄を受け取った。白い羽が舞う。

「ふむ」

 わざとらしく唸ってから、アンティールは縄の先っぽを横でうずくまった俺に「お前持ってろ」と投げつけた。

 なるほど。この距離なら俺が人間だと気づかれることはないだろう。

「たしかに心霊の紋章だ。よくやったぞジェヴォーダン。誉めてつかわす」

 アメントの頭をポンと撫で、彼女の額に刻まれた三角形の紋章を指でなぞる。淡い光を紋章が発した。

「ははぁあ! ありがたき幸せぇえい!」

 アンティールが大きく頭を下げた。

「私はこの小娘から話が聞きたい。少し移動する、誰もついてくるな」

 とアンティールは少し早口でいうと、俺に向かって、

「そこの臭くてキモくて不細工で見るに耐えない醜悪な獣、縄を持ってついて参れ」

 と必要ない言葉の暴力を吐き出した。

「それでは!」

 なるほど、多少強引ではあるものの、流れでアメントの救出に成功したわけだ。

 だが、嘘がばれたときどうするのだろうと、前を行くアンティールの後頭部を眺めながら考えた。

「お待ち下さいいい! マクド王子ぃいいい!」

 いつもならそのまま逃げ出すところだろうが、広場を覆い尽くす獣が一斉に立ち上がったので、逃亡は難しいことを悟った。

「王子ぃいい! 城門を開けてくだされぇええ」

 ジェヴォーダンが叫び、エダ城を指差した。振り向かずアンティールは、

「良い。その城はもはや不要だ」と返事をしたが、

「あなた様が本物の王子であればぁああ、門は開きまするううう!」

 と返された。

 疑われている。

 グルルルル、と俺たちを睨み付ける獣の群れが牙を剥き出して唸り声をあげている。

「……無礼者! 貴様、私がマクドナルドでないと申すか」

「滅相もございませんんんん。わたくしはただただ王の帰還を国中の者に知らせたいだけでございまするうぅうう! そして、どうか我々(しもべ)の入城をお許しくだされぇええい」

「……断る。ワタシにそこまで歩けと言うのか?」

「とんでもございませぬぅううう。王がお帰りになられたのなら、扉は自然と開かれるものでございますううう」

「……そうだな」

「ですが、まだ開かれておらぬで、おそらく長期不在による術式に不備が出たものと考えられますぅううう。一度王の魔力を通してくだされば扉はたちどころに開きましょうぞぉおお!」

「……」

「それとも王には扉を開けられぬ理由でもおありかぁあ?」

 丁寧な口調とは裏腹に周囲の獣は全員、毛を逆立てている。

「……よかろう」

 アンティールが観念したように呟いた。

「え、大丈夫か?」

 小さく彼女に尋ねる。

「スキを作ります。一目散に逃げてください。キャンプでまた会いましょう」

 アンティールはウインクをして、ジェヴォーダンの待つ、城門前に威風堂々と歩いていった。止めることはできない。ここで俺が声をあげると、ジェヴォーダンの支配下でない生きた人間がいることがばれてしまうからだ。

 絶体絶命の状況下、アンティールは一体どうするつもりなのだろう。

「王よぉぉぉおお」

 アンティールは涼しい顔で門の前に立った。

「王よぉおおおおおおおお!」

 ジェヴォーダンの興奮は最高潮に達したらしい。叫びまくっている。喉やばそうだけど大丈夫なのだろうか。

 少女は右手を天に掲げ、

「帰ったぞぉおぉお!」

 と昭和のおっさんがへべれけで言う台詞を叫んだが、城門に変化はなかった。

「……」

 叫びまくっていたジェヴォーダンがピタリと動きを止めた。

「王よ」

 まずい、状況だ。

 叫ぶことなく静かに、ジェヴォーダンはアンティールを睨み付けている。

「まさか、開けられないのですか?」

「ふん」

 クールに構えてアンティールは再び両手を挙げた。

「あじゃらかもくれんてけれっつのぱっ!」

 と叫ぶ。

「……」

 当然門は開かない。

「……」

 アンティールは至ってクールに「ふん」と鼻を鳴らし、

「今日は調子が悪いみたいだな」

 と尚も偉そうに嘯いたが、ジェヴォーダンに演技は通じなかったらしい。赤い鎧の接続部が擦れてカチカチいうくらい怒りに震えている。

「獣ども、この偽の王を名乗る小娘をぉお!」

 ジェヴォーダンが深淵の獣に命ずるよりも先に、

「チェストぉー!」

 アンティールの杖から飛び出た白刃が赤い鎧を貫いた。

「ちっ、いまです、走ってぇ!」

 わずかに致命傷を避けられてしまったらしいが、今の攻撃でジェヴォーダンは直ぐには動けなくなった。

 このタイミングだ。アンティールが踵を返してこちらに駆けてくる。

「偽王をぉおおお! とらえよぉおおお!」

 叫ぶと同時にジェヴォーダンは巨大なトカゲのように変化していた。

 命令がくだされ、獣が全匹アンティールに襲いかかる。

「あ、ああ!」

「行って!」

 アンティールが戦闘体制を取った。

 俺はアメントをだきよせ、走り出した。



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