獣の群れと葬送行進曲
「なんだ?」
鐘の音は二度三度響き、ビリビリと空気を震わせながら、町中にこだましている。
アンティールが慌てた様子で立ち上がり、ベッド脇の窓から外を伺った。
周囲を見渡し、音源を確認する。
音はエダ城から聞こえているらしかった。無人の町に響く鐘の音はひどく不気味だった。
「やはり、あの城、中に誰かいるのか?」
先ほどの確認したとき、城門は固く閉ざされていた。
街路樹の落ち葉が、降り積もっていたため、しばらく開閉されていないと判断し、別の出入り口を探していたが、アメントを拐ったカラス型の獣は、窓から侵入していたのだろうか。
そうなると空を飛ぶ手段を持っていない俺たちはお手上げである。
スキル『浮遊』を会得しておけばよかった。ちょっとクラスで浮いていた朝比奈夕凪のスキルだったが、空を飛ぶのは、やはり人類の夢である。
「あおーん」
トリップさせていた俺の思考はまた別の音に引き戻された。窓ガラスがビリビリ鳴った。
「あおーん!」
再び、鐘の音に反応するように、どこかで犬の遠吠えが響いた。それを皮切りに「あおーん」「あおーん」といくつもの遠吠えが重なりあうように響く。
異様だった。
何千年も封鎖されていた城下街に犬の遠吠えが聞こえてきたのだ。
嫌な予感がした。アンティールと目配せしあって、外から見られないように壁に背をつけ、そっと窓から外の景色を伺う。
音以外は変わった様子はない。
寂れた町の夜半が広がるばかりだ。
「あおーん!」
「!」
先ほどよりも近くで犬の遠吠えがした。
「ちょっ、と……いまのは」
さすがのアンティールも驚いたのだろう。鳴き声がした瞬間、ビクリと肩を震わせていた。
「近すぎません、かね?」
「一階からしなかったか?」
「ヒラサカさん、武器を構えてください」
おそらく犬型モンスターが一階に侵入したのだろう、と腰の剣に手を当て、ドアに意識を集中する。
アンティールはイソイソとベッドの下に隠れていた。
「おい、何してるんだよ」
「簡単なことです。ヒラサカさんがオトリになっている間に、私は相手を観察し、排除する。髑髏の一団の基本線術です」
くぐもった声がベットの下から聞こえてきた。
「毎度毎度思うんだけど、それズルいよな。逆でもいいだろ。お前がオトリになれ」
「嫌ですよ。こわい」
至極全うな感情を吐露された。だか、ここで屈するわけにはいかない。
「そんなこと言ったら俺だって怖いわ。てか、別に戦う必要もないだろ。俺も隠れる」
ベッドの下に潜り込もうとしたら、先客のアンティールに「やめてください! ベッド(ここ)は満員だ、入ることはできねーぜ!」とボコボコ蹴られた。
「うるせぇ。ちょっとよれば行けるだろ!」
「無理ですよ。一人分の日溜まりに二人はちょっと入れないんですよ! 出てください、はやく!」
屈せずなんとかベッドの下に隠れることに成功した。アンティールも諦めたのか、二人でじっと息を殺して身を潜める。
アンティールの体温が直接伝わってくる。一人分の日溜まりに俺らはいる。
「……」
しばらく待っていたが、一階のモンスターが二階に上がってくる気配は無かった。
鐘の音と遠吠えが止み、辺りは再び静寂に包まれた。
時間にしたら一分もしないだろう。
モゾモゾと這うようにベッドから出る。
「今のはなんだったんだ?」
「静かに。まだ続きがありそうです」
アンティールが人差し指を唇に当てた瞬間だった。
窓の向こうで、バダン、バダン、バダンと空気が弾けるような音をたてて、並んでいた建物の扉が開き始めた。
「あれは……」
ドアから出てきたのは、まさしく獣どもだった。
衣服を纏った二足歩行する狼や猪、猫や犬、馬や羊に猿、
「狐、タヌキ」
「天ぷら、月見……」
「お前なに言ってんだ?」
「……いえ、なんでもありません」
アンティールはちょっとだけ恥ずかしそうにうつむいた。
視線の先に、俺たちが今いる建物の玄関があった。そこから一体の獣がのそりのそりと出てきていた。
「おい、どういうことだよ」
太った猫のような魔物が、ゆっくりと歩いていく。食卓に鎮座していた死蝋化した死体と同じ服を来ていた。
「たしかに、疑問ですね」
「まさかさっきの死体が……」
「犬の遠吠えだったのに猫の化け物になるとは」
「そこはどうでもいいだろ!」
「なるほど」
合点がいったようにアンティールは顎をひいた。
「城下街の住人は全員ライカンスロープやオークなどの獣に変えさせられているようです。さきほどの鐘の音は合図なのでしょう。受け取ったという返答が遠吠えということでしょうか。曲輪での予想は的中しましたね」
「いったい誰がそんなことを」
「あとをついていけばわかるかもしれません」
家々から飛び出した獣は、全員がうつむきがちに、とぽとぼと一方向を目指して歩き始めていた。ブレーメンの音楽隊よりも種類が多く、空気は淀んで臭かった。獣臭と死臭混じった独特の悪臭だ。
最後尾につき、俺たちも続く。
最初は数体だった獣も歩き続けるうちに数十、いや数百の数になっていた。ドアの開閉音が静かな街に響き渡っている。
一つの家に何体も潜んでいたらしい。
「やはり、なにか裏がありそうですね」
アンティールがぼやいた。
「この町ってなんで封鎖されたんだっけ?」
「歴史上ではエダ城の兵士が深淵の獣になり、見境いなく人を襲うので、結界の紋章を用いて封鎖した、とあります」
来る前は確かにそう聞いていた。
だが、どうにもおかしい。
「住民が獣化してるじゃねぇか」
「そうですね。だから結界の紋章で封印したのでしょうか?」
「城ごと町を隔離したのはそういうわけか。でもだとしたら、こいつらはなんで城にむかってるんだ?」
進むほど、目的地は一つに絞られた。
隔離城下街の中心に聳えるエダ城だ。
彼らはひたすらにそこに向かって足を動かしている。石畳を弾く蹄が、深夜の行軍を奏でていた。
「結界の紋章も効かない彼らは封じられてもいないはず。そうなると獣の紋章の持ち主がエダ城を目指せと命令を下していることが考えられます」
「持ち主は誰なんだ?」
「ボードレーンという杣司です。行方不明になって、数十年が経過しますが」
「それなら、結界の紋章は」
「グランシール戦争の際、マグラドレ王に使えた四名将の一人、ジェヴォーダン・ブルドダが最後の持ち主だと歴史書には載っています」
先頭列が城門前広場に着いたらしい。ピタリと足を止めた。それを合図にするように全体が動きを止める。統率がとれていて軍隊のようだった。
多種多様な二足歩行の動物の先に、それはいた。ずいぶん遠くなので、豆粒にしか見えないが、視力が良いのでなんとか状況を確認できた。
赤い鎧を着た小柄な男だった。
兜をかぶっているため顔はよくわからないが、男の横には二体の獣が立っていた。鶏と猿だ。そしてその二体の挟まれるように、一人の少女がいた。
「あれは」
白髪の少女。
「見つけましたね。アメント・モルガナ。さて、どうやって助けましょうか」
いつも御簾の向こう側なので直接顔を見るのははじめてだった。




