別れの鐘のはずでした
「さあ、切り替えてアメントを見つけますよ」
ただひたすらにわだかまりがある。
何だかんだで何時もの事だと割りきるしかないのだ。モヤモヤしながら城下街を歩き回るが、人気も無ければ、アメントの姿も無かった。
廃墟の町、という感じだ。
静けさが耳にいたい。
奥に進めば進むほど、町は荒れていた。民家に突っ込んだ馬車や崩れた廃屋などは随分と廃退的だが、町の中央に聳えるエダ城は荘厳であり、とても数百年前の建物とは思えなかった。
「結界の紋章により風雨や外敵から守られてきた証拠でしょう。城を囲む結界は街の物より分厚そうです。これは通常の紋章持ちぐらいでは突破できそうにありませんね」
風が冷たい。吐き出す息は真っ白だが、すぐに夜空に染まって消えてしまう。
「それにしても住民の死体が無いのはおかしいですね。城下街は結界の紋章により、兵糧攻めの憂き目にあったと聞いていますが」
「残酷な話だな。罪もない住民が犠牲になったのかよ」
「それはそうなんですが……」
しばらく散策してみたが状況に変化は訪れなかった。
朽ちた建物や、錆びた金属、崩れた荷馬車に、手入れがされておらず石畳を持ち上げるほど生長した街路樹。
夜の空気がよりいっそう冷たくなっていく。
俺たちが真っ先に向かったのは、深淵の獣がわき出たと考えられるエダ城だ。だが、城に直接通じる城門は長い年月、開けられた痕跡はなく、別の出入り口があると考えられた。
アメントはどこに連れ去られたのか。
探し回ってへとへとになった俺とアンティールは、同時にため息をついた。
「少し、休みましょう」
反対などしようはずもない。かれこれ小一時間散策に費やしている。
その場の縁石に腰を下ろそうとしたら、「何してるんです?」とつっけんどんに言われた。
「なにって座って休もうぜ」
「外なんて嫌です。寒いし。ゆっくり寝っ転がって休めるところがいいです」
「……」
言葉だけ抜け出すと、なんかちょっとエロいな。前世の彼女から、言ってほしかった台詞だ。
なんて、ぼんやり考えていたら、「立ってください」と袖を引かれた。
アンティールはスタスタと大股歩きで近くの民家の入り口に行き、勢いそのまま扉を蹴り上げた。
蝶番ごとドアがぶっ飛び、奥の壁に激突する。
「おいおいやりすぎだろ」
「誰もいないからいいんですよ。寝室探してください。魔法で中の埃全部吹き飛ばすんで」
「だとしても他人が使ってたベッドは嫌だろ」
「私、そういうの大丈夫なタイプなんで」
なら、どこで休もうが同じだろうが。
いつもの強引な様子にため息をつきながら、室内に足を踏み入れる。
思ったよりも清潔だ。埃もそれほど積もっていない。
アンティールが持っていたランタンを近くのテーブルに置いた。その振動で、カタンと何かが音をたてた。
「ひっ」
「どうしたんですか?」
机の向こう側に人影が見えた。
光に照らされ影を濃くしたマネキン人形に見えた。
思わず息を飲んで、じっと見てみる。薄く目を閉じた五十代ぐらい女性。肌は黄色く変色している。
「……」
まちがいない。血は出ていないが、これは死体。正確にいうなら、ミイラ。腐敗し黄色になった死体が食卓の椅子にだらりと腰かけていた。
「なるほど。死体は室内にあったんですね。屋外の死体は全部風化したということでしょうか」
「死体見たのに悲鳴一つあげないんだな」
「見慣れました。蘭や美雪とおんなじです」
それにしたって、悲鳴ぐらいあげろよ。
アンティールはランタンを掲げて、まじまじと観察している。
「妙ですね。死後何十年も経過しているだろうに、腐敗が進んでいない」
「ミイラになったんだろ」
「少し違いますね。木乃伊は乾燥地帯で起こりますが、この辺りは湿度高いですから」
「じゃあなんだよ」
「死蝋です。それでも疑問が残ります。地中や海中で隔離されていたわけでもないのに、こんなに綺麗に死蝋化するなんてありえることなんでしょうか?」
「死蝋ってなんだ?」
「死体の脂肪が変成してチーズみたいになることです。死蝋化した右手は『栄光の手』と呼ばれ、いい魔術道具になるんですよ」
なんか気分が悪くなってきた。
楽しそうに死体を眺める彼女に背を向け、俺は奥の部屋を確認することにした。
室内を探索し、危険がないのを確認してから、俺とアンティールは二階のベッドに腰を下ろした。布は湿気て、寝心地は悪そうだったが、贅沢は言ってられない。
いつもならもう寝てる時間だ。眠気に襲われ俺が大きくアクビをした瞬間、
リンゴーン
と、鐘の音が響き渡った。




