ゲート
城門の先は薄暗いトンネルのようになっていて、抜けると、城下街につながっていた。
かつての人の営みを想像させるぐらいには、建物は町の様相を保持していた。
家屋や街灯など、多少ひしゃげているものの、本当にここが何百年ものあいだ人を寄せ抜けていないのか、想像ができなかった。
「なんで俺たちは結界に弾かれなかったんだ」
先ほどの門での出来事が気になったので質問してみると、アンティールすごくめんどくさそうに、
「自分で考えてください」
とだけ返事をした。
「おい、教えろよ」
無視して先に進もうとしたアンティールの襟を引っ張る。「ぐえ」と小さな悲鳴を上げて彼女は立ち止まった。
「やれやれ。仕方ないですね。教えてあげます」
咳払いをして彼女は続けた。
「先ほど我々が倒したオウルベア。あれは原始個体ではなく、模造だったんですよ」
「どういうことだ?」
「オウルベアというモンスターを真似て作られたモンスターということです」 アンティールの瞳は真剣だった、伊達や酔狂で言ってるわけではなさそうだった。
「……工場みたいなところで作られるってことか? モンスターが? てか、もし仮にそうだとしても、門を通り抜けられたこととなんの関係があるんだよ」
「工場ではなく、紋章の力です」
「……なんで、いまそんな話が出てくるんだよ。結界の紋章にそんな力があるのか?」
「ヒラサカさんは結論を急ぎすぎです。その話の前にまず獣の紋章を理解しておく必要があります」
「獣の紋章?」
城下街を隔離しているのは『結界の紋章』のはずだ。なぜここに来て別の名前の紋章を挙げたのだろう。
「傷付けた相手を容姿を変え、支配下におく。所在不明の十三紋章の一つです」
いたって平穏に憶測を述べるので毒気が抜かれてしまった。
「獣の紋章が使われたことにより、エダ城の兵士は深淵の獣になったってことか?」
「その可能性が高いです」
「なるほど……」
一人納得して頷く。アンティールが満足したように歩き始めた。
城下街は広いらしい。正面の広場には水が枯れた噴水があった。
「いや、待てよ。獣だか結界だか知らないけど、それがなんで門を潜れた理由になるんだよ」
「鈍いですね。異次元空間においては、重力が狂い、物質は形を維持できず内部から崩壊するらしいです。結界の紋章は薄い異次元の幕を呼び出しているのだと思います」
浅くため息をついて、続けた。
「にも拘らず、異次元空間においても重力に左右されないのが紋章持ちです。私やヒラサカさんは輪廻、不死の紋章をそれぞれ宿してますから、結界の紋章の作り出すバリアに肉体が左右されないんです」
「……」
彼女の言葉を無言になって理解しようとしていたら、アンティールがニタニタしながら、続けた。
「おっと、その顔は、『ならなんでアメントは門をくくれたんだ』って疑問の疑問の顔ですね。簡単なことですよ。彼女も紋章持ちだったんです。おそらくは『心霊の紋章』、長らく行方不明だった紋章は愛教の聖女が持っていたんですよ。教団の信仰を左右する情報ですから、扱いにはくれぐれも注意してください。紋章一つで戦争が起こるほとですからね。推理で導くのは大変でしたが、あらゆる情報がそれを物語っているのです」
「それは知ってた」
「……え、なんで」
「いや、ずっと前に人伝で聞いたことあるし……」
「……」
アンティールは苦虫を噛み潰したような渋い顔をして、ぼそりと「うざ」と呟いた。俺のせいじゃなくない?
「それより、門を普通に潜り抜けてる深淵の獣はなんなんだよ」
「獣の紋章により作り出された生き物ですから、結界を無効化できるのでしょう」
「よくわからないが、紋章持ってれば結界は越えられるってことか?」
「簡単には言ってしまえばそういうことです。同じ制作過程で作られた秘術ですから。まあ、潜れる確率は相当高いと踏んでましたが、予想通りでした」
「予想外れてたら?」
「そのときはヒラサカさんの腸詰めが出来てただけですよ」
「うりゃ!」
「遅い!」
右拳でアンティールの頭を小突こうとしたが、避けられた。振り抜けた拳が空しく空を切る。




