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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼隔離城下街
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暗幕の内側で


 伸びていた三本道はすべてまとまり、しばらく行けば一本になった。

「人生もこんなもんかもしれませんね」

 と悟った風なことを言う少女と一緒に登っていく。

「さっきのオウルベア? だっけか、あれも深淵の獣なのか?」

 息を切らしながら質問する。ただ無言で登るのも飽きてきたのだ。

「そのようですが、広く世界に分布しているやつではなく、原始個体のようでした」

「どういうことだ? 原始って」

「始まりの一匹ってことですよ」

 沈黙が落ちる。

 地面を踏みしめる音と俺たちの息づかいだけが響いた。

「なんでそんなことわかるんだよ」

「通常のオウルベアは人を襲いません。肉食ではありますが、人には逆らわない方がよいと本能で理解しているからです。にも関わらず、あの個体は積極的にヒラサカさんを襲っていました」

「それこそ個体さがあるだろ」

「……私の勝手な憶測なんで確信はないんですけど、さっき倒したオウルベアは隔離城下街の住民なのかもしれません」

「城がモンスターに支配されてるってことか?」

「いえ、そういうわけではなく……エダ城は色々と黒い噂が絶えない支城だったんですよ。シジョウ死刑場の罪人を実験台として、国力増強の黒魔術の研究を行っていたとか。城主はマグナドレ王の長子、マクドナルド」

「……」

「通称マクド」

 関東出身の俺としてはマックと呼びたい。

「マグナドレ王の命令でマクドはエダ城を起点とし、二十四紋章を開発したと言われています。紋章には膨大な数の魂が必要ですから死刑囚などは都合が良かったのでしょう」

「じゃあ、さっきのオウルベアは人体実験の成れの果てってことか?」

「かもしれないというだけです。気にしてても仕方ありませんし、いまさらどうにもなりませんからね。殺される前に殺さなければ死んでしまいますから」

 殺伐としたやつだ、と感心していたら、傾斜が緩くなり、拓けた空間に出た。

 ようやく城の入り口にたどり着いたらしい。水平になった地面に大きく息をついて、巨大な城門を見上げる。

 門番はおらず、巨大な扉は開かれていた。城壁は長く続き、入り口はここぐらいしか無さそうだ。

「行こうぜ」

 前に進もうとしたら、

「待て」

 何者かに呼び止められた。


 髭を生やした男性が立っていた。がっしりとした体格をしていた。握られた短刀の切っ先は遠慮なく俺たちに向けられていた。彼の回りに鎧を着た兵士が何名か、一様に憔悴した表情で座り込んでいる。

 着ている鎧から巡礼団の兵士ということはすぐにわかった。

「ギルドだな。たしか、髑髏の一団……お前達は何しにここに来た」

 男は訝しむような目線をこっちにやった。

「何しにって頼まれて来たんですよ」

 アンティールがぶっきらぼうに応えた。

「頼まれた? 誰にだ」

「ユー……えーとユーグレナ……」

 それはミドリムシだ。

 あわてて小さく耳元で教える。

「ユーグリットさんですよ」

「ふん。考えがあるといっていたが、まさか助けを呼ぶとは。無駄なことを……」

 男は自嘲ぎみに鼻を鳴らすと、持っていた抜き身の短刀を鞘に納めた。

「無駄? どういうことですか」

 ムッとした表情をしてアンティールは尋ねた。

「その門は何人たりとも受け入れない」

「門?」

 開け放されている。

「ボケてるんですか?」

「……見せてやろう」

 その場の石を拾うと男は門に向かって投げた。放物線を描くように投げられた小石は、境界に入る前に、パチンと音をたてて弾かれた。

 小石は二三度、弾み、地面に転がる。

 まるで見えない壁があるようだった。

「門は選ばれた者しか通さないのだ」

 ため息をつくと、男はその場に腰を下ろした。鎧の金属がカチャカチャと擦れる音がした。

「突破にはなにか条件があるんですか?」

「わからない……、このままでは、アメント様が……」

 うなだれて頭を抱える。

「一つ質問ですが」

 アンティールが小さく手を上げた。

「見えない反発力を無視して、それでもなお進もうとしたらどうなるんですか?」

 男はこちらを見るとも無しに、城壁の先を指差した。

 さらしがかけられた遺体が一つと、腕らしきものが転がっていた。真っ黒でなんなのかよくわからなかったが。

「拒絶の力はあまりにも強大だ。神代に練られたという結界は、いまだに有効らしい」

「なすすべもなく弾かれるということですか?」

「ああ。状況が確認できず、いたずらに死者をだした。ユークリッドにも悪いことをした。あいつは左手を境界を越えようとして、失ったのだ」

「腕……」

 地面に転がっていたのはユークリッドの左手か。作り物のようにリアリティは無かったが、皮が剥がれ、血にまみれていた。グロ耐性高めの俺でも正視にたえない惨状だ。

「それならば、アメント嬢や深淵の獣はどうやってこの中へ行ったというんですか?」

「それがわからない。今、小隊を編成して、別の出入り口が無いかを調べている最中だ。なにせこの結界は遥か上空まで続いているようでな。腕を失くしたユーグリットが、君たちならなんとかできると言っていたが、私はそうは思わない。わざわざ来てくれて申し訳ないが、個々人で解決できる範疇ではない。支部団長ないしは本国に動いて貰わねば解決出来ない問題だ。君たちの気持ちだけは受け取っておこう」

「いえ、そういうことなら仕方ないです……あの」

「なんだい?」

「多少はお金もらえるんですよね?」

 少しだけ上目使いでアンティールは媚びるように尋ねた。そういう雰囲気ではないのに、すごいやつだ。

「成功報酬のことか? ユークリッドが君たちとどのような会話をしたかはわからないが、市場相場でいうなら、未発注状態のクエストになるわけだから、残念ながらお金は払えないな」

 それどころかクエスト所を通してもいない。

「それは困ります。私はもう買うものを決めたんですよ。全自動洗濯機です。あると便利なんです」

「……悪いが、諦めてくれ」

「アメント嬢を連れ戻せば満額ですよね?」

「それは、まあ、そうだろうが」

「オーケー。わかりました、やれるだけのことはしましょう」

「……君は……?」

 アンティールの諦めの悪い発言に周囲の視線が集まっていた。

 万物を寄せ付けない門。それを越えることは不可能に思えた。

「私の名はアンティール・ルカティエール。希代の超天才魔術師です」

 杖の先を地面に刺し、アンティールは門の前に立った。

 門の先は真っ暗闇が続くばかりで何があるのかはここからではわからなかった。

「ふむふむふむ……」

 閂などを眺め、顎に手を当てながら考えていたアンティールは「なるほど」と呟いてから、俺に向かって手招きをした。

「ヒラサカさん、ちょっと、こっちに来てください」

「いいけど、なんなんだよ急に」

「四の五言わず来てください」

 まさか壁でも壊そうとしているのだろうか。たしかに城壁は長い年月でひび割れた箇所があるものの、二人がかりで臨んでも数時間はかかりそうだ。

 まあ、やらないよりはましかもしれない。

 腰に下げた鞘から剣を抜こうとしたら、「そんなのいいんでこっちに立って」とアンティールは開け放たれた門の前に俺を立たせた。

 向こう側は緩やかにカーブした石造りのトンネルになっているらしく、先は伺い知れなかった。結界が邪魔しているからか、高視力のスキルを持ってしても、内部情報を得ることはできない。 ただ吹き抜ける風だけが、唸りをあげている。

「うーん。もうちょっと、右に」

「? なんだよ」

 言われた通りに移動する。

「そう。そこです。そこがいい、そこが一番、拳が叩き込みやすい角度!」

「はあ? おぎゃ」

 おもいっきり殴られた。少女の腕力とは思えないほどの衝撃だったのでおそらく肉体強化呪文でも使っていたのだろう。押し出されるように俺は門の向こう側で尻餅をついた。

「なっ!」

 巡礼団の人たちが驚いたように腰を上げた。

「なぜた! 信じられん!」

 まったくもって同じ気持ちだった。

「結界は無効になったのか!?」

 人のことを物としか見ていないのだろうか。

「おっと、門に近づかない方がいいですよ。ひっくり返って弾かれたくなければ」と巡礼団の兵士達をアンティールが手のひらを向けて止めていた。

「……おい、アンティール、どういうことだよ」

「どうもこうも予想通りですよ」

 アンティールはすまし顔で門を通り抜けた。再びどよめき起こる。アンティールは周囲の視線など意に介した様子なく、地べたに座り込む俺に手をさしのべた。転ばせたのはこの女だ。受け取らず、自力で立ち上がった。

 城門前はにわかに活気づいている。

「な、なぜ、君たちはこの門をふつうに潜れるんだ!? 」

「あなたの言葉を借りるなら、選ばれた、ということでしょうか」

「条件は一体……、なんなんだ!」

「天才ですから」

「……は?」

「アメント嬢は私たちで救出します。成功報酬を弾んでくださいね。さっ、いきますよ、ヒラサカさん」

「ま、待ってくれ……」

 返事をせず、アンティールは歩き始めた。俺も訳がわからないが、彼女に続く。




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