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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼虚ろの大穴
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サイコロ


 翌日の早朝、俺と少女は荷物をもって大穴の前に立っていた。夜明け前の紫がかった空の下、朝日に照らされて影が長く伸びる。夜更かしな夜虫は止めるタイミングが掴めなかったのかリンリンと鳴いていた。

 魔物は夜行性のものが多く、日が出ている間、活動が鈍くなるので、ダンジョンの探索などは早朝より行うのがセオリーだった。

「この大穴は幾人もの魔術師を帰らぬ人にしてきました。あのデュランダルでさえ、調査には失敗しています」

「誰それ」

「知らないんですか。闇染めのデュランダル。凄腕の魔術師です。二十年前に大穴の探索に出かけ、帰らぬ人となっています。彼ほどの人物が死んだとは思えませんが」

「へぇ。そんな有名人なんだ」

「血の上の教会の占いオババの弟で最強の占星術師だったんです。オババは彼の帰りを待つために協会に常駐しているらしいです」

「占いがめっちゃあたるだけだろ……」

 なにがすごいのか分からなかった。女性雑誌の巻末の占いコーナーを盲信するほど俺は耄碌していない。

「この大穴には(ドラゴン)が住んでるとかリビングデッドがいるとか、不穏な噂はたえません。廃棄物処理場として利用されてきた分、不健全が吹きだまっているいるのです」

 底から吹き抜けてくる風に前髪を浮かせてアンティールは呟いた。

 大穴はドゥメールの中心にある。この穴があるから町が出来たと言っても過言ではない。川の近くで文明が栄えるように、生きる目的がないものが地獄の穴に引かれるようにして集ったのだ。

「さあ、行きましょうか」

「今の話聞いて俺が従うと思った?」

「古来より穴の底は異世界に通じるとされてきました。もしかしたらヒラサカさんの住んでいた世界に帰れるかもしれませんよ」

 アンティールは薄く微笑むと穴の先を杖で示した。底は真っ暗でなにも見えない。直径にして百メートルほどの巨大な穴だ。穴の入り口周辺は土砂や石の破片が盛り上がるようにして堆積している。地中からマグマのようなものが吹き出した跡なのかもしれない。

「底が見えないけどどうやって下る気だよ……」

 縄をかけようにもどのぐらい必要かもわからない。

「おバカさんですね、ヒラサカさん。重力というものがあるんですよ。落としたリンゴは地面に落下するんです」

 こいつなら俺を突き落としかねん。

 察した俺は慌てて彼女と距離を取った。

「そんなことしませんよ」

 心を読んだように苦笑いを浮かべてアンティールは手に持っていた鞄を差し出した。

「パラシュートです」

 なるほど確かにこれを使えば下るだけならできるだろう。それほどまでにこの穴は巨大だ。しかし、

「どうやってもどるの?」

「そこなんですよね、問題は」

 アンティールは考え込むように唇を突き出した。やはり根本的にはこいつもそこまで賢くないらしい。

 せせら笑いを浮かべた俺に対抗するようにアンティールは手のひらをポンと打ち付けた。

「ああ。そうだ。一つ名案が浮かびました」

 なんとなく嫌な予感がしたが、「なんだ」と尋ねてみる。

「ヒラサカさんを上手く使うんです」

「は?」

「ヒラサカさんの不死スキル、体が真っ二つになって死亡したときどっちで甦生するか知ってます?」

「どういう意味だよ」

「つまり、上半身と下半身を二つに割いて死亡した場合、どちらから再生するのか、という話です」

「そりゃ……頭がある上半身からじゃないの?」

 出来れば考えたくない話題だが、核を中心に再生するとするなら、人間のソレは脳にあたるはずだろう。

「ところがどっこい違ったんです。この間、細切れになって死んだときあったじゃないですか」

「ああ、あの屋敷のときね。つうかなんでこんな話しなきゃいけないんだよ」

 大昔のゴーレム職人が作った屋敷の探索していたとき、トラップに引っ掛かって、サイコロステーキのぶつ切りみたいになって死亡したことがあった。

「その時、網目が一番荒くて大きい部品を中心に再生してたんです

 よく人のグロい甦生シーンを観察できたな、と若干引きながらうなずく。

「つまり、脳の有無ではなく、ヒラサカさんの再生は一番大きい部位を中心に行われるということです。復活後、再生に使われなかった部位は煙となって消滅する親切設計です」

「人の体を実験台みたいにすんなよ」

「ちゃんと把握していたほうがいいです。こういうときに役に立つんですから」

 は? と声を上げるよりも早く、アンティールは俺の左手を一呼吸の間も無く切り落としていた。

 左肘から先がばっさりと。凄まじい切れ味だ。なにか魔法を使ったに違いない。少女の小さな手に握られた短刀は俺の血が垂れていた。

「な、なにすんだぁ!?」

 痛みは無いがショックだった。

 アンティールは質問に答えることなく、野良猫を撫でるように優しい手つきで傷口に血止めの魔法をかけた。

「これでヒラサカさんが地下で細切れになって死んだらこの左手中心に蘇生することになりました」

「お、おま、それより人の手を勝手に……」

「まあまあ、これで地下を探検できますよ」

 とてもじゃないが落ち着いていられる状況じゃない。人の手を無断で切ったのだ。手フェチの猟奇殺人犯だってもう少し秩序を重んじる。

 たまらず思い付く限りの罵詈雑言とともに文句を吐き出していたら、アンティールは暴れ馬を宥めるように「どうどう」と両手を胸の前で揺すった。

「私も闇魔法の幽体化でついていきますから。色々と不便ですが、ヒラサカさん一人にやらせるよりはいいでしょう」

 そう言って彼女は前屈みになって、地面に転がったままの俺の左手を拾い上げ、「よっこいしょ」と肩に担いだ。グロテスク極まりないが、田舎の少女が畑で採れた大根を収穫しているように見えて、なんだが妙にマッチしていた。 

「人の、手を、勝手に……」

 こめかみで脈打つ怒りのボルテージは、依然鎮まる気配はないが、アンティールは一切気にした風もなく、スタスタと広場に張られた『髑髏の一団』の拠点テントに向かった。

 入り口を足で開けると、乱暴に切断された左手を放り投げ、その場でごろんと横になった。赤黒い血が断面から少し垂れて、床に染みを作った。

「おい、大切に扱えよ」

「切り落とされた腕はもう腕じゃない。腕の形をした肉です」

 残された方の手でおもいっきりアンティールの後頭部を殴り付けたが、逆にこっちが痛かった。身体を頑丈にする魔法を彼女は常時発動しているのだ。くそが。

「これで地上に戻れるんだからいいじゃないですか。知りたくないんですか? 大穴の底がどうなってるか」

 仰向けになって、なにやら呪文のような言葉を呟き、彼女は目を閉じた。

「戻ったら私を起こしてくださいね。幽体化してるときは他者に名前を呼んで起こしてもらわないかぎり目覚めることができないんで」

「そんな便利な技があるならお前一人で行けばいいしゃん」

「幽体状態では移動すらままならないんです。簡単にいうと盲目になるんですよ。見えるのが魂の形だけになるんです。つまり、信頼している人のあとをつけることしか出来ないんです。弱くなるとはいえ、魔法は使えるし、意思もありますが、なかなか不便なんですよ」

「信頼ね」

「言葉のあやです」

「うおっ」

 続きの言葉は俺の背後から聞こえた。

「びっくりしたぁ。お前はホラー映画のクリーチャーか」

「それより、さっきチラッて見たんですけど、私の枕元に置いてあったの、刀ですか?」

 アンティールの声は後ろからしたが、姿が見えない。

「あ、ああ。武器新調しようと思って」

 目を凝らしてようやく見つけた。半透明ななった少女が立っている。

「ふぅん。持っていかないんですか? いま腰につけてるの、私が前にあげた短刀ですよね」

「まあな。ちょっと慣れるまではこっち使おうと思ってさ」

「ふぅん。ちょっと試したいことがあるんで、リュックにくくりつけてください」

「えー。いやだよ。重いし」

「いいからいいから。今回のクエスト成功報酬ヒラサカさんに全部あげますから」

「……今回の報酬、ガラス玉じゃねぇか」

 報酬はいらなかったが、結局、アンティールに押されて俺は刀をリュックサックに縛り付けた。重い。

「さ、行きますよ」

 澄まし顔のアンティールは透けて、向こう側の景色がぼんやり見える。どうやら本当に幽霊のような存在になったらしい。

 ある意味これは復讐のチャンスかもしれない。幽体さえどうにかできれば、眠る少女の肉体を自由にできるのだ。大穴の探索が終了したら、こいつを起こす前に、

 額に肉と書いてやろう。


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