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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼隔離城下街
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梟と熊


 愛教の聖女、アメントが護衛部隊を伴って、シジョウ死刑場の慰霊に訪れたのは、まだ日が高いお昼頃だった。

 近頃その辺りで殺人や略奪が横行しており、溢れたモンスターを狩ることで治安維持を測る目的もあったらしい。

 最強と名高い巡礼団だけあって、多少の損耗はあったものの、最深部の絞首台にたどり着き、鎮魂の祈りを捧げた。その帰り道、数十体もの大型の獣に襲われたらしい。必死に抵抗したものの、死刑場の幽体との戦闘で力を使い果たしていたアメント・モルガナはカラス型の獣に連れ去られてしまった。


「深淵の獣って?」

 帰還スキルで隔離城下街の最寄りとなるシジョウ死刑場にワープした俺は、装備を整えるアンティールに尋ねた。

「深淵の獣はグランシール王国の支城、エダ城に巣食う怨霊兵士の集団を総称して言います。永劫に近い時を経て、彼らは自らの肉体を獣のように作り替えたと聞いています」

 アンティールは杖をブンと振り、死刑場の先の山を示した。頂上に小さく建物が見える。シルエットが暗闇にぼんやりと浮かんでいる。スキル『高視力』と『夜目』を発動させて見てみると、西洋風のお城が建っていた。あまり大きくは無いが、あれがエダ城らしい。

 霧が出始めていた。このままではまた視界が悪くなる。急がねばなるまい。

「やつらは、マグラドレ統治時代からの生き残りであり、自我はありませんが、見境なく人を襲うので、グランシール崩壊後、四国で話し合い、城ごと封鎖したそうです。噂では罪人を使って怪しげな人体実験を繰り返していたとか」

「封鎖ってそんなことできるのか?」

「神代に近い大昔のことですから詳細はわかりませんが、伝説によると『結界の紋章』の持ち主がエダ城を城下街ごと閉じ込めたとかなんとか」

「だとしたら、巡礼団を襲った獣ってなんなんだ。閉じ込められてるんじゃないのか?」

「永い時間を経て、結界が緩まったのでしょう。しかし、結界の歪みから獣どもがわき出るとなると、かなりの大事です。場合によっては帝国の王師が絡むような案件かも」

 鼻息荒く、アンティールは歩き始めた。

「え、じゃあ、俺らだけじゃきついんじゃないか?」

「だからそう言ってるじゃないですか」

「いまからでも遅くないから、助っ人を頼もうぜ。ミリアさんとか……」

「こんな遅い時間に失礼ですよ。それにヒラサカさん知っていますか? 報酬の山分けは人数が増えれば増えるほど一人の取り分は減るんです」

 なにを当たり前のことを……。

 エダ城は険しい山の頂上だ。いまから過激なハイキングを想像し、げんなりしてくる。

「ともかく最上級の注意を払って進んでください。獣とはいえ、兵士としての本能が残っているはずです。気をつけてください」


 岸壁が見えた。エダ城は山の頂上とアンティールはいっていたが、実のところ山というよりも崖の上だった。むき出しの岩肌に登山道見当たらない。

「どうやって登るんだ」

 昼間ならまだしも、真夜中だ。ユーグリットの頼みとはいえ、夜の行軍は無謀にもほどがある。

「あそこ見てください」

 アンティールがランタンを掲げた先に、長く続く窪みが見えた。土塁が積み上げられていたらしい。地面が抉られ、筒を縦に切ったみたいな道が伸びていた。長い年月の経過で植物が生い茂り、分かりづらくなっているものの、道としてまだ機能してそうだった。ボウリングのガーターみたいな感じで、普通にしていたら気付くこともなかっただろう。だからこそアンティールがなんのスキルも無しに、この『道』に気付けたのは単純にスゴいと思った。

畝状竪堀うねじょうたてぼりというやつです。城攻めに来た敵兵士を一列に並ばせ一網打尽にするための工夫です」

「じゃあ、馬鹿正直に登るのはまずいんじゃないか?」

「兵士が獣となった今そこまで知恵まわりませんよ。あそこからいきましょう」

 さっきと言ってることが真逆になってるが、これ以上ここでウダウダしてても進まない。

「頂上に通じてんのかね」

 目線で道を辿っていくが、暗い上にうねっているので、先がよくわからない。『千里眼』で辿っていっても良かったが、無駄に時間が過ぎるだけだろう。ユーグリットは時は一刻を争うと言っていた。

「構造上いくつか曲輪(くるわ)を中継して城にたどりつけるはずです」

「曲輪?」

「城の外にある拠点のようなものです」

「なんかやけに城の構造に詳しいな」

「……」

 アンティールは無言になってうつ向いた。

「前世では戦国女子でしたから……。けっこうゲームとか漫画とか好きだったんですよ」

「それは知ってた」

 西洋風のお城を戦国時代の城攻めと同じ風に考えるのは危険ではないだろうか。

 一抹の不安を覚えながら畝状竪堀うねじょうたてぼりに足を踏み入れる。俺が先頭、アンティールが後続だ。いつもの如く、痛み止の魔法をかけてくれた。

「さあ! 城攻(レッツパーリィ)めですよ!」

「その送り仮名は無理があるだろ」

 勾配が激しいが登れないこともない。

 「夜目」が利くので、見通しはいいが、城内部を「千里眼」で確認することはできなかった。結界の中は空間が歪んでいるためか、うまく見通せない。

 滑り台を逆走するように四つん這いに近い格好で上っていく。山道は勾配激しく思ったより曲がりくねっていた。先に進むのはなかなか骨が折れたが、十五分ほどして中継地点と思われる曲輪にたどり着いた。

「順調ですね」

 ここまで来るのにモンスターの襲撃もなかった。至って平穏な道中だ。つづら折りで進行には体力を使うものの、あまりにも呆気なさすぎて肩透かしを食らったほどだ。いつもなら七回ぐらい死んでるのに。

「あ」

 曲輪には壊された柵の残骸がいくつも転がっていた。

 教会で休んでいるユーグリットが言っていた。さらわれた聖女を救おうと巡礼団の何人かが、カラスの魔物を追って、エダ城を目指した、と。

 戦闘があったのだろう。

 静まり返った曲輪内部には、また乾いていない血飛沫がいくつもあった。

「妙ですね」

 アンティールがその場にしゃがみこんで、壊された柵を覗きこんだ。

「エダ城が城として機能していたのは数百年も前のことです。曲輪にしても、壕にしても、風化せず残っているのはおかしいです」

「指定重要文化財とかで国が管理してるとかじゃないの?」

「そんな話聞いたことありませんが……、少なくとも数十年前に一度整備されたような跡が残っています」

 アンティールは小さくため息をつき、

「まあ、なんにせよ、思ったよりは、楽な任務になりそうですね」

 と呟いた。

「厄介な獣どもは巡礼団が引き付けてくれてるから、私たちは綺麗になった道を登っていくだけです」

 アンティールが指差した先に、頂上へ通じる道があった。踏み倒された草木が巡礼団のルートを形作っている。

「そうだけど、アメントを救わないとお金貰えないんじゃないの?」

「とりあえず頑張ってますアピールすれば、半額ぐらい貰えるでしょ。なに買おうかなぁ」

 やっぱこいつくずだなぁ。

「いいから進もうぜ」

 呆れながら足を前に進ませる。

 物見櫓が朽ちて、瓦礫が転がっていた。木製の壊れた柵は至るところが壊れ、ささくれだっていた。カビなどの腐敗が激しく触れば砂のように崩れそうだ。

「まあまあ落ち着いてください。どうやら、ここの曲輪から三本に道が別れるようです。巡礼団も別れて登ったみたいですね。どれがお城への道かわかりますか? 確実で安全なルートを取りましょう」

「見てみるか」

 アンティールが指差した三本の道の先を『千里眼』で確認してみる。

「あ」

 その時だった。スキルを発動し、無防備になった俺の体が吹き飛ばされた。痛みは無いが衝撃はある。地面に吹き飛ばされながら、スキルを解除すると、目の前に熊とフクロウを足して二で割ったような不可思議な生物が立っていた。

「くえっえー!」

 雄叫びをあげ、化け物が高く跳躍する。

 壊れた物見台の瓦礫の影から飛び出して来たらしい。あまりにも突然のことで警戒が遅れた。

「ぐ」

 熊の肉体にフクロウの頭部がついたような謎の生物だ。月影を背景に、俺の心臓めがけて嘴を突っ込んできた。咄嗟に横に転がり、それを回避する。

「なんだよ、こいつ!」

「オウルベアです。すみません、油断してました。急に茂みから出てきたもので」

「無防備な時の俺の肉体はお前が守る約束だろぉ!」

 しつこく俺の首を狙ってオウルベアは爪を振りかざした。

「おわあっ」

 腰に下げていた鞘をあわてて目の前に持ってくることで、それを防ぐ、間一髪だった。

「そんな約束してませんが、今のは確かに私の落ち度です」

 アンティールは平坦な語調で頭を下げた。そういうのいいから早くなんとかしてほしい。

 満月に照らされた爪が怪しく光る。

 あ、ダメっぽい。再び振りかざされる爪。

 覚悟を決めたら、

「ぐっ」

 横から伸びた白刃がオウルベアの脇腹を貫いた。

「え?」

「お詫びにこいつは私でカタをつけてあげます」

 ぐちゅり、と液体が溢れる音がして、巨大な獣は串刺しになった。

 アンティールの杖の先から、半透明な刃が出ているのが見えた。ガラスの鎌のようである。

 それが血に濡れて、地面に滴っていた。

「うりゃ! とりゃ!」

 大きく振り抜き、刃からオウルベアがボールのように飛んでいく。ドシン、と背後にあった櫓に死体はぶち当たり、老朽化した木組みは衝撃で崩れてオウルベアを埋葬するように崩れ落ちた。

「さ、早く上にいきますか」

 もうもうと立ち込める土煙のなか、一撃でオウルベアを屠ったアンティールがにこやかに微笑んだ。




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