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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼隔離城下街
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お金についての話


 まったりとした夜。時間が水飴のように流れていく。

 部屋の中央に置かれたストーブがカタンと小さく鳴り、室内の温度は適温に保たれていた。先ほど入れたココアの湯気が優しく揺蕩っている。

「ひゅー、がしゃーん、びゅーん」

 アンティールの歌うような独り言をBGMに、こちらの世界の文字を勉強していた。少し黙っててくれっと言っても彼女には届かない。

 諦めて、ノートにガリガリと象形文字のようなものを綴っていく。書き上がったミミズのような文字を俯瞰するように眺めて首を捻る。未だに規則性がわからない。

 漂流者を待ち受ける最大の壁が言語であるが、俺はこちらの世界の言葉に苦労したことはない。

 アンティールは『紋章』に使われた数多の魂の叡知のお陰でしょう、と言っていたが、ライティングだけは、どうしようもなかった。

 例えるのなら、読めるけど書けない難読漢字。

 書き上がった象形文字はぐにゃぐにゃしていて不気味だった。


「誰か来ましたよ」

 アンティールが呟くと同時に、

 ドンドン、と二回、室内にノックの音がこだました。 

「こんな時間に無礼な来客ですね」

 なにか重いものがもたれ掛かるような鈍い音だった。

 日は沈み、夕飯も食べ終えた二十二時。人を訊ねるのは少し遅い時間だ。

「ヒラサカさん、出てください」

 アンティールは椅子に腰掛け、退屈そうに両手を世話しなく動かしている。

「お前が出ろ」

「私、今、忙しい」

「……なにしてるの?」

「右手と左手を戦わせてます。ぶーん」

 暇の極みらしいが、食って掛かるのも時間の無駄だ。紙とペンを置いて、伸びをしてから、入り口のドアを押し開けた。


「頼む! 手を貸してくれ!」

 扉が開くと同時に、人影はその場に突っ伏した。外の寒気が室内になだれ込んでくる。

「キミたちしかいないんだ!」

 闇クエストの依頼らしい。突然のことに面食らってしまう。発注所を通してくれと言うべきところであるが、あまりにも満身創痍の風体にかける言葉を失ってしまった。

 枯れた世界樹で俺たちを助けてくれた巡礼団の護衛騎士、ユーグリットだった。汗と血で前髪が固まり、至るところが煤けて、傷だらけだった。

 そして何よりも彼は左手を失っていた。


 切断された切り口には布が巻き付けられているが、止血には至っていない。滲んだ血液がポタポタと床に垂れている。手首より先がまるっきし無いのだ。早く医者に見せないとマズいことになるだろう。

「火急ゆえ無礼を許してくれ。早くしないとアメント様がっ!」

 ユーグリットは倒れこむように額を地面につけた。

「それよりも医者!」と慌ててテントを飛び出そうとした俺を制止し、アンティールは冷ややかな視線のまま、ユーグリットを見つめた。

「依頼ならクエスト発注所を通してください」

 血も涙もなかった。


 クエスト所が開くのは朝十時ごろからだ。この時間に直接ギルドキャンプを訪れるほど逼迫した状況の人物にかける言葉ではない。なによりも、彼は傷ついているのだ。

「早く治療しないと!」

 慌ててユーグリットに駆け寄る。

「直ぐに手配するから!」

 たしか向かいのテントに元帝国軍医のおっさんがいたはずだ。みんなからはヤブと呼ばれているが素人が診るよりはマシだろう。

「ふう」と肩をすくめながらアンティールがため息をつき、緩慢な動作で重い腰をあげた。

「やれやれ。テントを血だらけにしてくれちゃって。迷惑極まりないですね」

 落ち着いた様子のアンティールを睨み付けてやったら、彼女は不機嫌そうに唇を尖らせて、「傷を見せてください」とユーグリットの失った左手を指差した。

「俺の事はいい! 事は急を要するんだ。早くしないとアメント様が……深淵に飲み込まれてしまう……」

「……どうでもいいですから、まず、血を止めてください。掃除が大変です」

 アンティールの手のひらが、ぼんやりと光り始めた。

「でりゃあ」

 やっぱり呪文とかはないらしい。

 気合いの声に呼応するように、ユーグリットの傷口も光りだす。

「お、おおっ」

 ユーグリットは腕を持ち上げ、声を震わせた。垂れていた血がピタリと止まる。

「痛みが……」

「傷口に魔法膜を張りました。あくまで応急手当です。失った血液と手は戻りません。教会に行って下さい。オババなら私よりも治癒魔法に長けています。もっとも代価もそれなりでしょうけど」

 アンティールは興味なさげに言い放ち、再び椅子にどかりと座った。退屈そうにティーカップのココアに口をつける。

「血止めの魔法はサービスにしときますから、何処ともなく行って下さい。髑髏の一団はあなたの依頼を断ります」

「アンティール!」

 あまりにも人情のない却下に思わず声をあげてしまった。

「なんですかヒラサカさん。ギルド長に逆らうんですか? 誅伐しますよ?」

「話くらい聞いてやれよ」

「結構です。アメント嬢がどうなろうと知ったことではありませんし、巡礼団の僧兵ともあろう者が、片手を失うほどの出来事に、おいそれと首を突っ込むのは危険すぎます」

「それでも昔世話になったんだし、恩返しくらい……」

「世話になってないですし、むしろ世話してあげた側です」

 アンティールは煩わしそうに入り口に座り込むユーグリットを睨み付けた。

「先ほど深淵と言いましたね。まさかとは思いますが隔離城下街のことを指しているんですか?」

「あ、ああ。シジョウ死刑場を慰問していたとき、深淵の獣どもが現れてアメント様をさらっていったんだ」

「俄には信じがたい話ですが、ますます手を貸すわけにはいきませんね。異世界転移者のヒラサカさんなら絆せると考えたんでしょうが、隔離城下街は厄介すぎです。のこのこ行くわけないでしょう」

「金ならいくらでも出す!」

「……っ」

 アンティールの耳が、草食動物みたいにピクリと動いた。

「三百……ッ!」

「ファッキュー……ぶち殺すぞ……ゴミめら……」

「くっ、四百……っ!」

「……夜間手当と危険任務手当を計算し忘れてますよ」

 アンティールはせせら笑った。こちらの相場はいまだにわからないが、たしかミリアさんから支払われた成功報酬が三百ぐらいだったはずた。それを越える額を提示されても断るなんて、隔離城下街という場所はそれほどまでに危険な所らしい。

「く、五百でどうだ?」

 眉間に皺寄せ、苦々しくユーグリットは提案したが、アンティールはしたり顔で

「一千万」

 と額を上乗せした。

「なっ」

 つり上がった成功報酬に、ユーグリットは見てわかるぐらいに戸惑っている。

「一千万、あなたに払えますか?」

「ぐ、ぐぅ……」

 唸っていたユーグリットはやがて、決心したように、ダンと、大きく一歩踏み出し、言いはなった。

「いいだろう、一千万。それでアメント様が救えるなら安いもんだ!」

 指をパシンと鳴らし、アンティールはにっこり笑った。

「それを聞きたかった」

 お金もらえるからね。




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