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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼校舎の絵の中
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後悔と失意の旅路


「いまのは!」

 体が跳ねた。左右を見渡し、現状を確認する。割れた窓ガラスに倒れた椅子と机。絵筆や絵の具が床に散らばり、下手くそな抽象画を描いている。

 美術準備室だ。体を起こし、目を擦る。

 風が吹きこんでいた。さきほどまで蠢いていた触手はなく、辺りは深夜のように静寂に包まれていた。

 白昼夢みたいなものだろうか。

 同じく倒れていたアンティールと堂本が、唸りながら体を起こした。

「大丈夫、か?」

「ええ、私は平気ですが……」

 アンティールがちらりと横でうろんな表情を浮かべる堂本を見た。

「私、思い出した。あのデカい生き物が、細切れになって死んでいくのを、確かに見たの……」

 汗びっしょりで、疲れきった表情をしている。

「古の神は心霊の紋章によって滅んだんですね」

 アンティールは浅くため息をついた。

 どうやら俺が見ていた夢を彼女たちも見ていたらしい。いや、恐らくは夢ではなく、堂本の過去の記憶なのだろう。

「心霊の紋章って?」

 掠れた声で堂本が訊ねた。アンティールは小さく頷いて続けた。

「二十四紋章の一つで人の恨みの感情を司ると言われています。持ち主が少しでも他者を羨むと、紋章の効力によって相手を死に至らしめるとか」

 おっかない紋章だなぁ、と他人事で聞き流していたが、ふと、彼女の説明する紋章に聞き覚えがあることに気がついた。

「強力な紋章ゆえ、持ち主は難しい感情のコントロールを強いられるそうです。私たちをこちらの世界につれてきたグランシールの宰相、放浪者のヨイナが持ち逃げしたと伝説にありますが、まさか実在したとは」

 俺には不死の紋章。

 アンティールには輪廻の紋章。

 そして今説明にあった心霊の紋章は、たしか、

「なんにせよ、これで異形の神が滅んだ理由がわかりました」

 聖女と名高いアメント・モルガナが持っていたはずだ。

 よく知らないが、かの少女に何回も助けられているのは事実だ。紋章を見事にコントロールし、奇跡の御業に昇華させている。

「ねぇ、さっきからなんの話をしてるの? 紋章? なんかのゲームのはなし?」

 堂本が首を捻った。彼女はこちらの世界に順応する前に死んでしまったのだ。

「いつからそんな中二みたいな感じになったの?」

「う、うるさいですね」

 珍しくアンティールは顔を赤くした。

 客観的に自分を見て、一つ一つの発言の拗らせ具合に恥ずかしくなったのだろう。

「中二ではありません。私は事実を複合的に見て、判断しているだけです」

「なんか、変わったね」

 堂本が歯を見せて笑った。アンティールは照れ臭そうに髪をかきあげた。

「社会に出て、色々知りましたから」

「敬語で話すようになってるし……。キリカもいつのまにか大人になったってことかな」

 むしろ逆である。

 この世界では懐かしの女子高生姿だが、もとの世界に戻ったらクソガキもいいところだ。

「昔は、マジとヤバいで会話を成り立たせるような人だったのに」

「若気の至りですかねぇ」

「私は大人になるのが怖いよ」

 堂本がうつむきがちに呟いた。

 精神年齢の話をすれば、俺たちはとっくに成人している。

 それでも子供の頃に感じた大人たちのかっこよさを身につけているとは到底思えない。

 俺ですらそう感じているのだ。

 時間が止まった堂本が、他者を感じてどう思うのか、俺には想像もできない。

「あ」

 ボロボロに荒れた準備室に吹き込む風が、壁にかけられていた時計を地面に落とした。

 それを合図にしたように、地面に散らばったガラス片がふわりと浮き上がり、窓枠のほうに飛んでいった。ひしゃげた扉やビリビリに破れたカーテンも逆回しみたいに戻っていく。

 異様な光景だった。

 地面に落ちた時計はそのままだが、針が左回りにぐるぐると回っている。

 窓の向こうの半壊した校舎もいつのまにか元通りになっていた。壊れた時計の針は狂ったようなスピードで左回転している。

「これは!」

 アンティールが周囲を見渡し、直ったばかりのカーテンを開けた。地面に積もっていた雪が粒のような塊となって、下から上に上がっている。

 この世の終わりのような風景だった。

 雪は教室の灯りを反射し、光の筋を下から上に描いている。

 美しいがゆえに恐ろしさを感じてしまう。

「時間が戻っている!」

 アンティールはくるりと体を向き直し、堂本の肩に両手を乗せた。

「桜、前に進む時が来たんです」

 閉めきられた室内に暖かく柔らかい風が吹いていた。

 戻っていく世界で、アンティールは堂本の肩を強く握った。

「なんで」

「異形の神は滅んだという歴史を無くそうと時間を戻しているんです。あなたが思い出せなくなるまで、繰り返すつもりなのでしょう。このままではあなたを媒体として異形の神は復活してしまいます。そうならないためには、あなたは現状をすべて受け止め、輪廻にかえる必要があるのです」

 アンティールの目はどこまでも穏やかだ。普段の彼女からは考えられないくらい穏やかな瞳をしている。

 彼女ならば、迷える不浄霊を導くことが出来るだろう。転生を司る紋章が宿っているのだから。

「そんな、そんなのできないよ。だって、私がここにいるのは」

 声を荒らげる彼女の唇をそっと人差し指で制止し、アンティールは尚も続けた。

「見たくない現実から目を背けるためでしょう? 現実は辛く悲しく、あなたを傷つけるかもしれませんが、後ろ向きでも時は進み続けるんですよ。一人立ち止まることは不可能なんです」

「違うの。キリカ、私は、私のせいで……」

「いい加減大人になれよ」

 なんか良いこと言ってる風に見せかけて微妙に腹立つのはなんでだろう。

「違うの! 私が全部悪いの!」

 堂本は涙をボロボロと流しながら、懺悔するように両膝から崩れ落ちた。

「私が世界よ滅べと願ったから、みんな死んじゃったの!」

「……」

 アンティールが目を見開いた。

 ふと、あの階段での幻聴を思い出した。いろいろと起こりすぎてどのような内容だったから覚えていないが、そのすべてが誰かを責めるような言葉だったような気がする。

 堂本の身にふりかかった出来事を俺たちは知らない。

 訥々と彼女は語り始めた。

「母は浮気をして、私を生んだの。相手の家庭をぶち壊した母はたくさんの人から恨まれたわ。娘の私も……」

「あ、別に聞いてないんで不幸な身の上話はやめてください」

 アンティールは眉間に皺寄せて話を遮った。

 まさかの展開に堂本は「え?」と口を開いたまま硬直している。そこは嘘でも親身になってあげるべき場面だろう、とドライさにあきれ果てた。

「残念だった過去話を聞いて私に可哀想だったねって慰めてほしいんですか? そんな心にもない慰めの言葉を聞いて嬉しいんですか? 気分が落ち込むだけの話なんてつまらないですよ。明るく楽しい話題ないんですか?」

「べ、べつに、私は不幸自慢なんてしてないし、た、ただ、私がした儀式のせいでバスが事故っちゃったから」

「まさか古い異形の神をよびだしてバスを異世界転移させたのは自分の責任だと思ってるんですか?」

「……そうだけど……」

「ふぅ」

 アンティールは鼻で息をはいてから、肩をすくめて外人のオーバーリアクションみたいに両手を広げた。

 腹立つ動作だ。

「なめないで下さい。異世界転移の魔法は物凄く難しいんですよ。そんじょそこらの古文書を読みといたぐらいでは発現なんて不可能です」

「え、でも、私は……」

「十中八九、バスが転移したのはあなたのせいではありません」

「で、でも……」

「誰もあなたを責めてません」

 アンティールは薄く微笑んだ。

「こんな世界はいりません。肉体は滅んでも精神は不滅です。前に進むのが怖いのはわかります」

 自らを納得させるようにアンティールは浅く頷いた。

「だけど、安心してください。私たちの未来は明るいですから」

 正面から向き合い、堂本桜と港貴梨花は手を取り合った。

「信じてください。停滞していた時間を無駄だったと後悔するぐらい素晴らしい未来を案内しますよ」

「……怖いの」

 ぽつりと堂本は呟いてうつ向いた。

「私一人だけ取り残されてるのはわかってる。だけど、あんな酷い世界なら傷付けるものがない、ここのほうが安心できるって」

 停滞した世界ですら、ワンデスした俺はグッと文句を飲み込んで、成り行きを見守ることにした。雰囲気に水を差すのはよくない。

「たしかに酷いものにたくさん会うかもしれません。だけどそれを帳消しにするような素晴らしい景色を見れるかもしれないんですよ」

「だけど、また死んでしまう……」

「さくら」

 ギュッと力強く、アンティールは堂本桜を抱き締めた。

「死んだら私が弔ってあげます。野ざらしで風化なんてさせません。帰る場所は必ず私が用意します。だから」

 血色が悪く、青ざめていた堂本の頬には赤みがさしていた。

「だから、いっしょに前に進みましょう」

 アンティールの声は、慈愛に満ちていた。

「キリカ……ごめん」

 堂本は目をつむり、腕をだらんと下に垂らした。

「おねがい」

 涙目で彼女がそう呟いた時、目の前に広がる景色が、真っ白な光に包まれた。




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