最果てのいつか
「……まさか、転移して一時間で全滅だなんて、最近の若いものはだらしがないんよ」
誰かの声がした。
若く瑞々しい女の声だ。アンティールや堂本の声ではない。
これは記憶か?
強制的に映画館の座席に縛り付けられたみたいに動けない。
巨大樹を俯瞰して眺めていた。青々とした葉を雄大に広げている。地面は遠く、空が近い。ふと樹の前に広がる草原に大破したバスがあるのに気がついた。おもちゃのように小さく見えるバスからは狼煙のような黒煙が上がり、もうもうと空を黒く染め上げていた。
これは、なんだ。疑問に思って視線を巡らそうとしたが、うまくいかなかった。定点カメラの映像のように動かない。
「つとめを果たしてくれたから良しとするんよ」
舌足らずな声がすぐ近くで聞こえる。
映像が声の主を探すように横をむいた。
「荒廃の原因を引きずり出せて、排除できたんだから、幸運だったと言えるんよ」
美しく微笑む女性が宙に浮いていた。
こいつ覚えているぞ。
バスを運転していた女だ。
名前はたしか樒原ヨイナ。そうだ、こんな顔をしていた。陶器のように白い肌にゾッとするぐらい整った顔立ちの少女。俺たちをこちらの世界に引きずり込んだ元凶だ。沸々と怒りがわいてくるが、意思に反して体は一切動かなかった。
女はふと横を向いた。
はっきりと目が合う。
澄んだ泉のような青い瞳をしていた。
「わけがわからないって顔してるから教えてあげるけど、アンタがさっき殺した女学生には心霊の紋章が備わってたんよ。心霊の紋章の持ち主を殺した相手はどんな存在だろうと消滅する」
ぐちゅりと音がして、体崩れていく。
これは。
視界のはしばしに映る肉片は赤茶けて、ブニブニとしていた。
草原に血の雨が降り注ぎ、真っ赤に染まる。朱色に染まったバスの火の手が収まったのは幸いだが、辺りは生臭い臭いに包まれる。
そうか、これは記憶か。
絵の中に封じ込められた堂本の記憶と同じ、録画した映像のようなものなのだろう。
記憶なので痛みは無かったが、耳障りな音が響きわたっている。
「たとえそれが第三世界に住まう古の神だとしても」
落下する自らの破片と血液がさきほどまで、俺たちを襲っていた触手の持ち主だと悟る。
そうか、これが、神の最期だというのか。
「彼らには感謝しないと。ありがとう、異世界の勇者たちよ」
遠くなる少女が血まみれになったバスに哀悼を捧げた瞬間、俺の視界は晴れた。




