夜の子供たち
刀を扱えるようになるためには、俺自身のレベルアップが必要だ。
そのためのスキルは見繕っている。占いババアにお金を払って相談したら教えてくれた。
二百ポイントスキル「器用」。武器の扱いが上手くなる。
二百ポイントスキル「剛力」。力持ちになれる。
この二つを習得し、武器を自由に使えるようになれば、アンティールの復讐だって上手くいくはずだ。
そのためには魔物を討伐し、経験値を稼がなくてはならない。できるだけ安全なクエストをこなし、強くなっていく必要がある。
「なにしてるんですかー?」
刀を拠点のテントにしまってから、クエスト受注所で一人でもクリアできる依頼がないか探していたら、背後からアンティールに声をかけられた。
お前をボコボコにするための作戦練ってんだよ! とは言わなかった。いつか必ず寝首をかいてやる。
「いや、ギルドの知名度を上げるためにも沢山クエストをこなす必要があると思ってな」
「良くないですねぇ。いいですか、ヒラサカさん。私たちは、そこら辺のナンパストリートや仲良しクラブで大口叩いて仲間と心を慰めあっているような負け犬どもとはわけが違うんですよ。私たちかやるべきクエストは、私たちにしか出来ないものであるべきなんです」
言ってる意味がわからない。クエスチョンマークを浮かべていると「まあ……ヒラサカさんじゃわからないか。この領域の話は」と呆れたように息をつかれた。かなりカチンと来る対応だった。
思い浮かばないけど反論の言葉を喉から吐き出そうとしたとき、クエスト受注所の窓口で女の子の泣き声がした。欲しいものが買って貰えなくて駄々をこねているようだ。視線をやると二つ結いの幼い幼い女の子がカウンターの前で大声上げて泣いている。アンティールと同い年ぐらいだろうか。
「なんでしょう?」
アンティールの興味は完全にそちらに移ったらしく、女の子の側に駆け寄った。
「どうしたんですか?」
「あのね、依頼出そうとしたんだけど、むりだって、おねぇさんが」
泣きじゃくり、窓口に座る受付嬢を指差す女の子。受付嬢は困ったように苦笑いを浮かべた。
「お嬢ちゃんの報酬じゃ依頼出せないのよ」
「なんで、だって、あたしの宝物だよ!」
女の子はそう言って手に持っていたガラス玉を掲げた。
「うーん、お母さんかお父さんと一緒に来てくれるかな……」
「だって、だって、このままじゃジョニー死んじゃうよ!」
「ジョニーはぬいぐるみだから死なないわよ。落ち着いて、落としたぬいぐるみならまた買ってもらえばいいじゃない」
「ジョニーじゃなきゃやなの!」
「でも虚ろの大穴に落としたものはもう戻ってこないのよ」
受付嬢は困ったように眉間に皺寄せている。たしかにそれは無理だ。
ドゥメールの中心部に『虚ろの大穴』と呼ばれるゴミ集積所がある。三百年前の大地震によって突如空いた大穴で、あまりにも深く、底がまったく見えない。どんなに物をいれても塞がることがなかったので、穴はいつしかゴミ捨て場になった。
「面白いですね。いつも持ってたぬいぐるみ、落としたんですか」
ぞくりとするぐらい不気味な笑顔を浮かべて、アンティールが呟いていた。
「ねぇ、キミ」
「え、なに、あんた」
アンティールは少しだけムッとした表情を浮かべた。
「まず口の聞き方を教えてあげましょう。いいですか、お嬢さん、私はあなたよりもずっと年上ですよ」
「ええー。うそだよ。アリアン、六つだよ! あんたもそれぐらいでしょ!?」
「私はあなたの倍は生きてますよ。わかったら敬語を使いなさい」
「……はぁーい」
不貞腐れたように少女は頷いた。なにいってんだこいつ、と言わないだけ彼女の方がずっと大人だ。
「それよりもぬいぐるみを落としたんですね。虚ろの大穴に」
「そうなの……アリアンの友達なの……パパとママはもうほっとけっていうんだけど……」
堪えきれず泣き出しそうになった少女にアンティールはにこりと笑いかけた。
「私たちが取りに行きますよ。ジョニーをどこら辺で落としたか、ちゃんとした位置を教えて下さい」
「えっ、ほんと!?」
「ええ。二言はありません。任せておいてください」
ぐっと、親指をたてて、白い歯を見せた。「正気かよ」という俺の意見は流された。
こうして虚ろの大穴の調査をすることになった。お金にもならないクエストだ。かなりの頻度で調査依頼が出る大穴だが、いまだクリアしたギルドはなく、難易度で言えば間違いなくSランクだろう。
危険過ぎる。
大穴の探索の準備にアンティールは一日かけた。そこまでして挑むべき課題には思えない。ペースキャンプの薪を囲んで、スープを作りながら、俺は感じた疑問を投げ掛けてみた。
「これが髑髏の一団がやるべきクエストか?」
「ええ、そうですよ」
こちらを振り向きもせず、アンティールは短刀を磨いている。
女の子の落としたぬいぐるみを求めて危険を冒すことが賢い人間のやることとは思えなかった。アンティールらしくない。彼女は情とは無縁な存在だと思っていたが、
「あんがい優しいんだな」
スープを掬って器に移し、差し出す。
受け取ったアンティールは唇をすぼめて息を吹き掛けている。猫舌なのだ。
「私はいつだって慈愛に溢れてますよ。失礼な人ですね」
優しい炎の光に照らされた少女の頬は少しだけ赤らんで見えた。
「そもそもにしてぬいぐるみを求めるべきはヒラサカさんの方じゃないですか?」
スープに口をつけて、「んー」と小さく唸る。この世界に来て雑用のようなことばかりさせられたので、いつしか料理が得意になっていた。
ちなみに四日前に討伐したヒクイドリとネギと生姜を合わせた鶏ガラスープだ。
「ベッドにぬいぐるみはとっくに卒業したぞ」
「してなかったらドン引きです。そういう意味じゃないですよ。アリアンが持っていたぬいぐるみはヒラサカさんの国の物ですよ」
「え?」
「やれやれ気づいてなかったんですか。ニブチンですね」
アンティールはスープの入った器を一旦置いてから、落ちていた枝を拾い、地面にさらさらっと絵を描いた。
「これ……」
覗きこんで絶句した。世界一有名なアメリカ出身の黒いネズミのキャラクターだったのだ。
「なんでお前が知ってるんだ!」
「アリアンが大事そうに持ってるのを何度か見かけましたからね。気になって一回聞いたことあるんです。父親から貰ったと言っていました」
「まさか、あの女の子の父親は、俺と同じように……!」
「違うみたいですよ」
ぐしゃぐしゃと地面にした落書きを消して、彼女は浅くため息をついた。
「ぬいぐるみは娘が誕生した記念に蚤の市で買ったそうです」
「聞いたのか?」
「聞きました。異世界、興味があるんで」
ふぅ、と息をついてから彼女は抱えた膝に頬を乗せ、俺をじっと見つめた。
「ぬいぐるみがどこから来たのか調べたらなかなか面白かったです。七年前、湿地帯で発見されたデカい箱形の乗り物のなかにあったそうですよ。中は血みどろで、沢山の遺体があり、そのうちの一体が持っていたものだそうです」
「それって……」
「おそらくヒラサカさんのお仲間ですね。発見者は遺体をあさり、金目のものを市場に売りさばいたそうです。高そうなものはあんまり無かったみたいですけど」
「いや、待てよ。七年前って言ったか? そんな馬鹿な」
俺は悪魔に拐われて土牢に監禁されたが、せいぜい一年程度だと思っていた。時間感覚はなく、日も見れないし、ひどい環境なので思い出したくもないが、そんなに長い期間だったとは思えない。
「相変わらずのお間抜けさんですね」
心底呆れたようにアンティールは大袈裟なため息をついた。
「あなたは異世界転移してきて、今年で八年目ですよ。まだ気づいてなかったんですか?」
アンティールは鶏ガラスープに口をつけ、大きく息をついた。
生きると死ぬとを繰り返していると時間の感覚すらあやふやになるらしい。
「そうか……」
呆けるように呟くと、アンティールは少しだけ悲しそうな目をして、俺の頭にポンと手を乗せた。
「……失った時間は戻りませんが、まだ取り戻せないほどの時間でもありません。これから頑張りましょう」
「そうだな」
頑張るってなにを?
と思ったが、珍しく俺を励ましてくれているので、なにも言わなかった。