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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼校舎の絵の中
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赤に滲んだ思い出と過去


 波紋に邪魔された水面が戻るように、人影がゆっくりと形をはっきりとさせていく。

 みんなだ。

 かつてのクラスメートが、制服を着て、折り目正しく着席している。空席は二つだけ。誰がいないのか、咄嗟には判断つかなかった。

「な、なんで」

 まるでいままでの景色が夢だったんじゃないかと思うほど、たしかな存在感を持っていた。

 なんなんだ、と体が震えた。

 奇妙だ。こんなことあっていいはずがない。ここにいる人たちはみんな故人のはずなのだから。

「ヒラサカ、席つけよ」

 右隣の席の男子が俺のブレザーをつまんで引っ張った。澤田夏樹。

「あ、ああ」

 膝から力が抜けるように席につく。クラスメートの雑談に混じり、暖房の稼働音が響いていた。

「ボーとしてまたゲームでもやってたのか?」

 澤田がニタニタ笑いながら、話しかけてきた。

 それに曖昧な返事をして誤魔化しながら、うつむく。

 そんな馬鹿な。ありえない。

 アリアンじゃない。人当たりのいい偉丈夫だ。ここは絵の中だ。絵の中にいるこいつらは全員、堂本桜が描き出した幻想。思い出に違いないのだ。

 目を覚まさなければ、ならない。

 何かの罠だろうか。幻覚には間違いないが。

 空席は俺の左隣と右斜め前。堂本桜と港貴梨花がここにはいないことに気がついた。

「おい、ほんとに大丈夫かよ。顔色悪いぞ」

 不可解なことが続きすぎて混乱する俺の意識を引き戻すかのように、ガラリと教室の前扉が開いた。

 次はなんなんだと身構える。

「うっ」

 臭気がした。ドブ川のような臭い。

 平然と入ってきたのは棍棒を持った牛頭の怪物だった。筋骨粒々の男性で頭だけが牛なのだ。細かい毛が蛍光灯に照らされヌメヌメと光っていた。

 教室がにわかにざわつく。

 謎の闖入者に皆が戸惑っているようだ。

 肌が粟立った。

 見覚えがあるぞ。あいつは。

 俺が身構えたとき、先に一番前の席の男子が椅子をならし立ち上がっていた。

「あんた、なんだよー」

 金髪のちゃらい男子だ。彼は茶化すように牛頭に声をかけた。

「……」

 なにも答えずに牛頭は黒く濁った瞳を細めた。

「しかとかよー。その被りもん、ドンキで買ったのー? はっちゃけてんなぁー」

 あいつは、たしか山里。素行が悪く、よく生徒指導室に呼ばれていた。

 山里は教壇でこっちをぼんやりと眺める牛頭に食って掛かった。

「へんなカッコしてんな。……あれ、まばた」

 牛頭の生物的反応に山里が気付いたとき、「はれ?」彼の首は捻れ飛んでいた。


「きゃああああ!」

 誰かが悲鳴をあげた。

 それが合図になったように、教室中がパニックになる。堰を切ったようにガタガタと全員が立ち上がった。

 椅子や机がドミノのように倒れ、フックにかけられていた鞄が散乱する。

「おい、まて、落ち着け!」

 俺は必死に叫ぶが、誰一人として言うことをきかない。全員が血眼になって、助けを求めるように出口に殺到した。

 先頭の男子が取っ手をつかんだ時だった。

 ガオン、と音がして、血飛沫が舞う。

「え」

 牛頭が投げた教卓が男子生徒を押し潰していた。壁にめり込んだ教卓の隙間から赤黒い肉片がべちょりと垂れた。とんでもない豪腕だ。飛び散った破片が何人かに突き刺さっていた。殺された彼の名前が思い出せない。顔も、よく見えなかった。壁にスタンプのように皮と血が付着している。

 山里の死体がガタンと音をたてて、床に崩れ落ちた。

「うわあああ!」

 誰かがまた悲鳴をあげたが、逃げ出すこともできなかった。

 後ろのドアは投げられた教卓によって塞がれていたし、前のドアには牛頭立っている。

 必然的にクラスメートは全員教室の後ろの方に固まった。

 悲鳴だけが響き渡っている。

「落ち着け!」

 状況は読めない。だけど、こいつはたしかにあの時バスで俺たちを襲った牛頭の怪物だ。同個体のモンスターだろうか。教室という近代的な空間には不釣り合いな生物だ。

 俺の声は誰にも届かない。

 ガタガタと震えながら思い思いの言葉を吐き出しながら、必死で後ろにいこうと押し合い圧し合いをしている。そんなことしても出口は無いのだから、死は時間と順番の問題である。

 あの時と、

 修学旅行のバスのときと同じだ。


 牛頭が一歩こちらに歩み寄ってきた。それに反応してまた悲鳴が上がる。

 大股で踏み出した一歩が山里の頭蓋骨を砕き、バキバキと骨が砕ける音が響いた。血がゆっくりと広がっていった。

 俺は大きく息をはいて、教室の一番後ろの掃除ロッカーを開けた。

 隠れようとしていると思われたのか、「おい、ヒラサカずりぃぞ!」と誰かに文句を言われた。何を勘違いしているのだろう。箒を二本手にとって再びロッカーを閉じる。

「え?」

 気でも違ったか、と澤田が心配そうに俺を見つめている、

 視線を無視して、俺はまっすぐに牛頭に照準を合わせる。

 高視力はいい。はっきりとくっきりとあいつの輪郭が見える。

 スキルは使えるのだ。

 ちらりとクラスメートを見る。

 両利きの里中。それに手芸部で手先が器用だった安藤。

 彼らのお陰で、俺には「二刀流」のスキルが備わっている。

「おい、まさか、そんな、箒で……」

 止めようとした誰かが肩を叩こうとした。彼の手が触れる前に俺はまっすぐ跳躍していた。

 たしかに昔は驚異だった。

 右も左もわからない初心者がいきなり中ボスにあたったようなものだからだ。だが、

 牛頭が俺に向かって棍棒を水平に殴り付けてきた。箒を二本、縦にして防ぐ。こいつの攻撃は単調でとても見やすい。

 馬鹿力を受け流すようにそらしたら、横のロッカーに当たり、大きな穴を開けていた。

 壁を蹴り、体を反転させる。こっちの反撃の番だ。

 スキだらけの左脇腹を左手の箒の柄で叩きつける。

「くぅお」

 小さなうなり声をあげた。

 巡礼団の兵士の一撃で沈むようなモンスターだ。雑魚ではないとはいえ、強くはない。

 ひそかにほくそ笑む。

 なにが起こっているのかわからないといった風な視線が俺に集まっているのを感じる。

 牛頭が、頭突きをしようと大きく上体を仰け反らした。バックステップでそれを交わし、下がった後頭部に連続して二発叩き込む。

「ぬぅお」

 また小さく悲鳴があがった。

「うそ、あれ、ヒラサカくん……?」

 クラスのマドンナ的存在の中野さんが小さく声をあげた。

「す、すげぇ」

「なんて動きだ」

 それを皮切りに称賛の声がたくさん上がる。

「がんばれ! ヒラサカ!」

 応援の声。

 牛頭が棍棒を必死に振るうが俺には当たらない。アーサーエリスのほうがよっぽど素早かった。髪を掠める強烈な一撃も食らわなければただの風だ。

 上体を沈め、獣のように体制を低くし、牛頭の向こう脛を打ち付ける。

「ぐぅおぉお!」

 背が高く、体格がいいので、低めの攻撃が弱点なのだ。

「おらぁあああ!」

 あとは必殺、やたらめったら打ちのめす。俺の攻撃のダメージなんてたかがしれてるが、累積させれば、どんな頑丈なヤツだろうと関係ない。

 足を打ち付けまくり、牛頭はたまらずよろけた。

 あとはひたすら反撃に注意しながら、頭部を攻撃するだけである。

 出来たスキをひたすら箒の柄で叩きつける。完全に理解できた、こいつの攻撃パターン。死ぬまでもない。

「おおお……」

 牛頭は次第に動きが鈍くなっていき、

「ふっ」

 眼球に突き刺した一撃で、動かなくなった。


 どしん、と教室を震わせて、牛頭は床に倒れた。ビクビクと痙攣しているが、完全に脳を貫いたので、もう間もなく動かなくなるだろう。両手に残った感触を汗と一緒にズボンで拭う。

 それほど強い敵ではなかった。動物園の猛獣の方がよっぽど驚異であり、相手を殺す、という明確な意思さえあれば、こういう手合は恐るるに足らない。命のやり取りをしたことがない平和な日本の学生くらいしか惨殺できないだろう。

 だから、覚悟さえ決めてれば、俺程度でもどうとでも出来るのだ。

 鼻で大きく息を吐き出し、

「みんな、大丈夫か」

 と、振り向いくと、

「わああああ!」

 たくさんの拍手が降り注いだ。




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