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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼アルドー湿地
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成り損なった未来へ


「ヒラサカさん」

 目が覚めたとき、見ていた夢のあまりのリアリティに一瞬呆けてしまった。

「こんなところで何してるんですか?」

 ふわふわとした揺蕩う意識。まだ夢の中にいるのかもしれないと、頬をつねるが、

「起きぬけに、そんなベタなアクションする人初めて見ました」

 アンティールにせせら笑いを浮かべられた。

「アンティール!?」

「わっ、ビックリした。急に叫ばないでくださいよ。なんですか」

 俺は横になっていたらしい。ガバリと起き上がって、目の前の少女を正面から見つめる。髪についていた落ち葉がはらりと落ちた。

 白くキメ細かな肌に、ぷっくりとした桜色の頬。間違いない。アンティール・ルカティエールだ。

「無事だったのか!?」

「無事って……なんの話ですか?」

「え?」

 いまいち話が噛み合っていない。

 辺りをキョロキョロと見渡すと、根が複雑に絡み合った地の底にいるのは間違いなさそうだった。格子状に根が這っているので、洞窟のようになっている。

「いや、だって、世界樹に捕らわれていただろ? 助けに来たんだ。大丈夫なのか?」

 矢継ぎ早の質問にアンティールは暫し無言になってきょとんとしていたが、やがて合点が言ったように微笑んだ。

「なるほど、ミイラ取りがミイラになった、ということですか。相変わらずのお間抜けさんですね。私ならこの通りピンピンしてますよ」

 自分の小さな胸に手を当てて、誇らしげに顎を上げる。

「え、なんで……? もうなんか今にも死にそうな顔してたじゃん。根っ子に巻き付かれて」

 虚ろの大穴で確認したとき、アンティールはぐるぐる巻きにされて身動きとれないようになっていた。苦悶の表情を浮かべ、額には脂汗が滲んでいた。

 諸々含めて指摘すると、アンティールは「ああ」と頷いてから。

「毒を抽出してたんですよ。タイミングがいいことにオオガマの猛毒を摂取することができましたから」

「毒?」

「不純物が取り込まれると汗などの分泌物として体外に排出する術式を組んでいると、前に説明したのを覚えてますか?」

「そんな都合の良い……」

「ほんとは他のギルドの力を借りて燃やし尽くしてやろうと思ったんですが、あいつら肝心なときに尻尾巻いて逃げたんで仕方なかったんですよ」

「えーと、ごめん、話が見えない」

「見えなくていいです。いちいち説明してやるのもめんどうなんで、テメェで勝手に想像してください」

 首をコキコキと鳴らし、アンティールが媚びるように俺を見た。

「まあ、なんにしてもヒラサカさん、迎えに来てくれたのは正直助かりました。誉めて上げますよ。『帰還』スキルは便利ですからね」

「いやっ、ちゃんと説明してくれよ」

「めんどくさい男……」

 心底呆れたようにアンティールため息をついた。

「この大木が邪魔なんで完璧に排除してやろうとオオガマの毒を体内に取り組んでから、わざと世界樹に取っ捕まって、内側から破壊してやったんです。なにか質問ありますか?」

「なんで、そんなこと……」

「デカくて偉そうなのが腹立ったから、以上!  はい、この話はこれで終わり!」

「なんだぁ、その理由……」

 嘘ではなさそうだが、全てを語っているとは思えなかった。

「その程度のことで、赤ん坊のころから、雷で燃やそうとするもんか?」

「……え?」

 ピクリと少女は動きを止めた。

「ちょっとまってください……なんで知って……」

 少女は恥ずかしそうに顔を赤くし、

「はっ、まさか、世界樹を介して、私と意識を混在させたんですか!?」

「ちょっとなに言ってるか、わかんないんだけど……」

「くぅ。プライバシー侵害ですよ」

 プリプリと頭から湯気を出しながら、ふくれ面になった。

「あの件で私はルカティエール家を追放されましたからね。まさか人生で唯一の失態をヒラサカさんに見られるとは思いませんでした。若気の至りですからあまり気にしないでください」

「なんであんなことしたんだよ」

 アリアンことサワダの疑念が胸をよぎる。アンティールの真の目的。

 時と場合によっては、俺はこいつを許すわけにはいかない。

「……詮索されるのもウザいんで、もう全部言いますよ」

 アンティールは観念したように真っ直ぐに俺を見た。

「世界樹がゲートになってるから、私たちはこっちの世界に流れ着いたんです」

「え?」

 ゲートという言葉が頭をぐるぐる巡る。

「え、それってつまり、ここから日本に帰れるってこと?」

「残念ながら一方通行です。試してみたけどダメでした。私が想像するに『放浪者のヨイナ』は世界樹の精霊ではないかと」

 残念そうに呟くとアンティールは俺に背を向け、

「ついてきてください」

 と歩きだした。慌てて後を追う。

 ウロは本当に広かった。世界樹がもともとどれだけの大きさを持っていたか、想像するだけで感心してしまう。


「世界樹があるから私たちのような異世界への来訪者が生まれてしまう。その可能性に考え至った私は世界樹の破壊を目論んだわけです。一回目はヒラサカさんが夢で見た通り、二回目は本日、毒を回すという戦略で……」

 壁に手をあてるようにアンティールは根に触れた。

「どうやら順調のようです。カエルと私の魔力の特別ブレンドです。0.

1ミリグラムでクジラとか動けなくする猛毒ですからね、さしもの世界樹もひとたまりもないでしょう」

「なんでそこまでして……」

 これが枯れたことにより世界が荒れたとユーグリッドが言っていた。それが本当だとしたら彼女は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。

 くるりとこちらを振り向いてアンティールは微笑んだ。

「ヒラサカさん。覚えてますか?」

「なに、が……」

 言葉を失ってしまった。

 彼女が根を掻き分けた先には、道があり、その先にはは箱があった。

 いや、箱じゃない。

 緑色の長方形で巨大な……、

 バスだ。



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