マシンガンは品切れです
町に戻った俺は山分けされた成功報酬で武器を買うことにした。今回の討伐では、途中で死亡してしまったため、経験値が一切得られていない。まあ、止めを刺したのはアンティールなので、どのみち手に入らないのだが。
「よお、異世界のアンちゃん、今日はまた一段と険しい顔してんな」
カウンターの向こう側のケルヴィンに声をかけられた。 武器屋を営んでいるナイスミドルだ。会ったことはないが妻子ある身で、大変仲睦まじいらしい。
そこそこ広い店内には、甲冑や剣や槍などがところ狭しと飾られている。日本じゃ博物館でしか見られないような代物ばかりだ。日本刀や青竜刀、ボーガンやアメリカンクラッカーなんかも置いてあり、統一感のない店内は、歪な和洋折衷といった風だった。
「強い武器をくれ」とアンティールから受け取った金貨が入った袋をカウンターに置く。
「おおう、気合い入ってるな。こんだけありゃウチで一等のもんを用意できるぞ」
アゴヒゲを撫でながら、金貨袋を眺めて呟く。すっかり商売人の目になっていた。
「ちょっと待っとけ」
上機嫌に鼻唄なんかを歌いながら、ケルヴィンはバックヤードに引っ込んだ。
よし、風向きは良好だ。ここで強い武器を手にいれて、アンティールに復讐してやろう。こちらの世界の法律がどうなっているかは知らないが、クエスト中の不慮の事故ならいくらでも起こりうる。
どう考えても年下な癖に、生意気すぎるのがいけないのだ。
ふふふ、とほくそ笑んでいると、初めてアンティールと出会ったときのことを思い出した。
あれは、占いばばあに死んだクラスメートのスキルが宿っていると聞いたあとのことだ。あまりにもショックなことが多すぎて、崩れた塀にもたれ掛かりながら、俺は止めどなく溢れる涙をぬぐっていた。
「もしかして、……異世界の人ですか?」
顔を上げると、俺に声をかけた幼女は小さく「あっ」と口を開けて、取り繕うように、
「お腹痛いんですか?」
と訊いてきた。クリクリとしたボタンのような目で俺を見つめ、アンティールはハンカチを差し出してくれた。
「見てるだけで不愉快になるくらい不細工な顔してるんで、これで拭いてください」
もしかしたら煽りにきたのかも知れないが、その時の俺は純粋にアンティールの優しさに胸打たれたのだ。
殺す、とまではいかなくても、痛い目みて、反省を促してやろう。泣いて許しを乞うなら考えてやらんこともない。
ふっふっふ、と悪役のような笑みを浮かべていたら、ケルヴィンが黒い剣を持って戻ってきた。
「巡礼団から買い取った武器でな。魔神が使っていた妖刀らしい。いくら使っても刃溢れしない逸品なんだ」
「おお、そりゃいいな。よし、それをくれ」
「あいよ」
ケルヴィンは上機嫌にカウンターに置かれた皮袋から代金分の金貨を取り出し、刀と一緒に差額を返してくれた。
妖刀を受け取って、その黒い刀身を天井の明かりにかざしてみる。美しい刃紋が浮かんでいた。
「毎度あり! それはそうと、あんちゃんまさかその刀でアンティールを殺ろうってんじゃないだろうなぁ」
「な、何をバカなこと言ってんだよ」
あまりにも突然の問いかけに、露骨に声が裏返ってしまった。
「ははは、冗談だよ。今までのあいつの襲いかかったやつらは全員返り討ちにあってんだ。あんちゃんはお得意様だから無駄死してほしくなくてね」
「だ、大丈夫だよ。これ買ったのだって、あいつとのクエストがもっと上手くいくようにってな」
ごまかしながら鞘に刀をしまおうとするが、手元が震えて上手くいかなかった。
「ああ。アンティールは魔導師として最強格だからな。喧嘩は売らないほうがいいぞ」
「あんなちっこいガキなのに」
刃先が震えて上手く入らない。
「突然変異みたいなもんなんだろ。噂じゃ、生まれてすぐ産婆に「はやく取り上げろ」と言い、母親に「乳をはやく飲ませろ」とせがんだらしいぜ」
「そんな馬鹿な……」
「ああ、母親も不気味に思ってすぐに直ぐに養子に出したらしい。孤児院に預けられたアンティールはみるみる頭角を表し、魔導院がわざわざスカウトしに行ったんだと」
「でも追放されたんでしょ?」
「魔導院じゃ手に負えない怪物だった、ってことだろう。まあ、あくまでも噂だけどな。まさかこの街で実物を見るとは思わなかったよ。おお、そうだ、そういやあいつに砥石の配達を頼まれてたんだった」
「砥石? なに使うんだ?」
刀を鞘に納めるのを一旦休憩し、ケルヴィンから砥石を受け取ってポケットにしまう。少し赤っぽいゴツゴツした石だった。
「さあ、よくは知らんが、俺の代わりに届けといてくれ」
「ああ。わかった」と返事をし、なかなか入らない刀の切っ先をなんとか鞘に納めようと掲げる。これ本当にサイズがあってるのか疑わしくなってきた。
「とはいえ人使いの荒いガキだぜ。なんとかこらしめしてやりたいとは思ってんだけど……いてっ!」
指先を切ってしまった。それを見ていたケルヴィンは冷めた瞳でぼそりと呟いた。
「あんちゃん、武器の扱いが下手くそだな。どんなに強い武器を手にいれても上手く使えなかったら宝の持ち腐れだぞ」
「な、なに言ってんだよ。体育の選択授業、剣道だぞ、俺」
なんとか鞘に納める。鍔と鞘をわざとらしく、かっこよくパチンと音を立ててから、背中に背負う。
「じゃ、またよろしく頼むわ」
「ああ。気を付けろよ」
ケルヴィンに見送られながら、武器屋をあとにしようとしたら、狭い入り口に束が引っ掛かってしまった。
「ぐっ」
思わず息が漏れてしまった。
「あんちゃん、悪いこと言わねぇ。使いなれた武器を使いな」
「……しばらくはそうするか」
正直重くて上手く使える気がしなかった。