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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼アルドー湿地
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近くて遠い回り未知


 聖女アメントの元に行く前に、いくつか出た疑問点の解消のために俺は虚ろの大穴にワープした。穴の底には稀代の魔術師、デュランダルがいる。

 あわよくばじいさんにアンティールの救出を手伝ってもらおうと考えたのだ。

 未知なる土地に備えなく近づくのは危険だからだ。

「悪いがそれはできぬよ」

 と、じいさんは無表情のままピシャリと言い放った。

「ワシとお主、そんなに仲いいわけでもないのに……」

 まったくもってその通りだった。

 知り合って一ヶ月も経っていないし、なによりまともに会話するのもこれで二回目だ。

「そもそもにして、わしはこの穴蔵から外に出ることはできぬ。呪縛の紋章の代償よ」

 紋章は持ち主に多大な力を与える代わりにその者の精神を蝕むという。

 俺の不死の紋章の代償は、情報が少なく、はっきりとしていない。長い間放浪者ヨイナの手にあったからだ。だが、最近漠然と感じていることがある。

 不死の紋章のリスクは悪夢だ。

 夢の中で俺は自分の死ぬシーンを何度も反芻するようにリピートしている。

 最近じゃ眠るのさえ億劫になってきて、死んでいる時の方が安眠できるという惨状だ。

 目の下にできた隈を撫でながら考える。

 それじゃあ、アンティールの持つ輪廻の紋章の代償はなんなのだろうか。


 輪廻の紋章について詳しくデュランダルに聞いてみたが、代償についてはよくわからなかった。

 アリアンが前世を思い出した理由はどうやらアンティールの輪廻の紋章の効力によるものらしい。それは、はっきりしたが、いま必要なのは彼女を助けに行く方法だ。

 デュランダルのじいさんは助けてくれないが、代わりにアンティールの居場所を見つける方法を教えてくれた。

「おぬしは千里眼のスキルを持っておっただろう。視界をアルドー湿地に飛ばせ」

 しゃがれた声で続ける。

「湿地帯の景色は同じようなものばかりで変化があればすぐ気づく」

 リンゴを落とせば地面に落下する、みたいな当たり前なことを宣うようにじいさんは退屈そうに呟いた。

「んなこといったって、広すぎてどこにアンティールがいるかなんてわかんねぇよ」

「護衛ギルドは蛙に襲われたといってたな。おそらくそれはオオガマだろう。地図は持ってるか」

 ぼっと火が灯る。洞窟が松明の明かりに満ちた。俺は夜目が利くので、灯りは不要だったが、わかりやすさ重視のため、じいさんが配慮してくれたのだろう。酒場で仕入れたアルドー湿地の地図を広げてみせた。

「よいか。あのカエルはこの辺りを縄張りしておった。毒を使い獲物を生きたまま食らう大蝦蟇(おおがま)よ」

 枯れ枝のように細い指で一帯を指差し、コンパスのように小さく円を描いた。

「まずこの辺に視界を飛ばせ」

「方角が……」

「南だ」

 じいさんが指差す方向に俺は視界を飛ばした。『千里眼』のスキルは『透視』と『高視力』の遠視が合わさって発現した複合スキルだ。我ながら便利な能力である。

 ヒクイドリのミュラー渓谷を抜けた先に、湿地帯が広がった。昔は草原だったらしいが、五年前は大雨による河川の氾濫で、土砂が堆積し、水捌けが著しく悪くなったことで、辺り一帯湿地帯に生まれ変わったらしい。茶色く濁った泥水が広がっている。

 自らの視界を鳥が如く飛ばせる千里眼は本当に重宝する。使い勝手は抜群である。

 障害物などものともしない広範囲を撮影できるカメラのようなものだ。


 デュランダルのじいさんが教えてくれたエリアはすぐに特定できた。茶色い巨大なカエルがいたからである。ただし死体で。

 オオガマは体長が六メートルほどもある黒くてデカい蛙だ。口からは白い霧を吐き出し、赤い舌で獲物を絡めとるという。

 それが地面にひしゃげて扁平になっていた。仰向けに倒れたのか、背中にいくつもあったであろうコブは全てが潰れて確認することすら出来なかった。高いところから地面に叩きつけられたようだ。湿地帯の陸上に赤い血がテラテラと広がっていた。辺りは背の低い植物しかなく落下死できそうな環境ではない。

 グロテスクな光景に吐きそうになりながらも、周辺を見渡すが、アンティールの姿は見当たらなかった、。

 現状をありのまま伝えると、デュランダルは「なるほど」と頷いて、「では、そこから西に視界を移動させよ」と地図上でべつの場所を指差した。

 言われた通りに視界を飛ばすと、大きな枯れ木があった。あまりにも巨大で天に届かんばかりの大木だ。葉は繁っていないが、根をはっている。細い裸の枝がいくつもひび割れのように広がっていた。樹皮は灰色で枯れているようだったが、幹は太く、高い。本物は見たことないが、テレビで見るバオバブの木に似ていた。

「世界樹の枯木(こぼく)じゃ。五年前の豪雨で根腐れ、枯れ果てたが、溜め込んでいた魔力で近くの生き物の精気を奪うことで辛うじてその存在を保っておるらしい。根を見てみぃ」

「あっ」

 地面に近い位置の枝が蔓状に伸びていた。葉はないがしなやかに延びる蔓を見ていくと、縄のように一人少女に巻き付いていた。

 少女は呼吸はあるものの気を失っており、縛られているために、身動きはとれないようだった。

「アンティール……」

 ひとまず彼女は無事だったが、このままでは枯木に精気が座れ、死んでしまうだろう。救出は急がなければならない。

 『千里眼』を解く。スキルの連続使用による酩酊感を誤魔化しながら俺はじいさんにお礼を告げて、その場を去ろうとしたら、ふいに右足が傷んだ。先程、酒場で男に蹴られた時に痛めたようだ。

「むっ、待たぬか」

 デュランダルが、俺の袖をつかんで引き留めた。

「大丈夫だ。このぐらいのケガ……」

「そうではない。おぬしのケガの度合いなど聞いておらんし、どうでもよい」

「なんだよ。あまり時間が無いんだ。はやく行かないとアンティールが」

「只で情報をあげるほど耄碌してはせん。お主がわしから情報を仕入れたのならば、対価を寄越さぬか」

 またそれか、とため息をつく。これぐらいいいだろ、と言いたかったが、お世話になっている手前、口が避けても言えない。孤独な老人にわざわざ会いに来てやってるんだから逆におこづかいほしいよ、と思ったが、良好な人間関係と円滑なコミュニケーションのため、ぐっと飲み込んで、いま俺が彼に渡せるものはなにかと考えた。

「これ……」

「なんじゃ……」

「ポケットあさったら入ってた」

「……」

 落ち葉だった。

「いや、地中じゃこういうの触れる機会ないないかなって思って」

 渡せるものなんてなにもないし、できることはもっとない。

「もうよい。では、その刀を寄越せ」

 背中に背負っていた黒刀を指差さされた。

 シジョウ刑場で黒い影のようなモンスターを撃破したときに手にいれた刀だった。これともう一本刀を持っていたお陰で、二刀流のスキル発現させ、アーサーエリスに勝てたのだ。

 たまたま手にいれたものである。

「ああ……」

 仕方ないが、いいだろう。

 武器なら一本はあるし、これでじいさんの心証がよくなるなら、安いもんだ。



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