呆気なく過ぎ去る季節に
「マスター、酒を頼むぜ」
緊張感ただよう俺とサワダの横で、一人のスキンヘッドの男性がカウンターの向こう側のマスターに注文を出した。
無口なマスターはオーダー通りのお酒を作り、それを手渡した。カップを持って、男は自分達のテーブルに戻っていく。
「あ」
男の肩に彫られた刺青は白い波のようなもので、ギルド『青い海』のシンボルマークだった。『青い海』はアンティールの任務中でドゥメールを離れているはずだが、あの男は準構成員なのだろうか。
「ヒラサカ……どうしたんだ?」
小首を傾げるサワダに尋ねられた。
「いや、あのギルド、アンティールの護衛で町を離れてるはずなんだよ」
「テーブルのやつらか?」
少し気になったのでテーブルに戻った彼らの会話を盗み聞きする。
「しかし、あの小娘もバカよな」
席に座っていたモヒカンの男が心底面白そうに声を荒らげた。連中の髪型が世紀末だ。
「今でも俺たちの助けを待ってるのかね。気の毒に」
とわざとらしく神妙な顔をして、吹き出す。周りはゲラゲラと下品な笑い声をあげた。
「にしても、アルドー草原、……今は沼地か、があんなことになってるなんて知らなかったな」
「ああ。今度からここの依頼は断ろう。とてもじゃないが、手に負えない」
小娘がアンティールのことを言っているのだとしたら、黙って見ていられるはずがなかった。
俺は思わず立ち上がり、席でバカ笑いをあげる男四人のテーブルの前に立った。
「ヒラサカ?」
サワダが俺の背中に声をかけ、制止を促したが、足を止めることは出来ない。
嫌な予感がしたのだ。
テーブルの上には空き瓶が何本か転がり、こいつらがここで数時間駄弁っていることを物語っていた。
いまのいままで気づかなかった自らの間抜けさを呪う。
「あ? なんだぁ、にぃちゃん。給仕でもやってくれんのか?」
悪人面の厳つい男が俺を睨み付けた。小さな傷が浅黒い肌にたくさんついている。
「あんたら『青い海』か?」
炎魔法に長けた用心棒ギルドだ。護衛を主にしているだけあって、テーブルにつく男たちは全員、体格が良かった。
「だったらぁどうするよぉ」
ただ質問しただけなのにえらい喧嘩腰だ。
「アンティールはどうしたんだ?」
「あんてぃ……」
俺の言葉が呼び水となったのか、男は、とたんにハっとした表情を浮かべて、
「あ、あんた髑髏の一団のヒラサカか」
表情を曇らせながら、やましいことがあるように目線を逸らした。
「そうだ、あんたに伝えないといけないことがあったんだ。髑髏の一団の団長、アンティール・ルカティエールはアルドー沼地で死亡したよ」
「死亡!?」
思わずテーブルに身を乗り出してしまう。
信じられなかった。あのアンティールが死ぬなんて。
「あ、ああ。とてつもなくバカデカイ蛙が現れてな。俺たちも命からがら逃げてきたんだ」
「おい、ちょっと待てよ。アンティールも逃げてきたんだよな」
「いや、てんやわんやで別れちまったんだ。あいつが今何してるかは不明だが、……命は無いだろう」
「あんな小さい子を置き去りにしたのかよ」
「……おにいちゃん。さっきからなんなんだ」
男は後ろめたさを逆ギレのガソリンやするかのごとく、俺にガンつけてきた。
「こっちだってヤバかったんだ。あの状況じゃ自分の命を守るだけで手一杯さ」
「あんたら護衛任務を引き受けたんだろ!?」
「……だから今回のクエストは失敗になっちまったんだよ」
そういう話しはしていない。あまりにも無責任な言いぐさに頭に血が上った。
「ふざけ」
思わず拳を固く握りしててスキンヘッドの男に殴りかかろうとしたら、
「るせぇんだよ」
「ふぐえ」
鳩尾に一発、強烈な蹴りが飛んできて、返り討ちにされた。
かしゃんがしゃん、と隣のテーブルの皿と共に床に転がる。
「そんなに助けにいきたきゃてめぇでいけよ!」
辺りがざわつく。そのほとんどが野次馬で「やれ!やれ!」と無責任なヤジを飛ばしている。民度が低いし、治安が悪い。
俺はというと殴られた一発があまりにも重く、気持ち悪くて踞ったままだった。
「こっちだってクエスト失敗でギルドの評価落ちてんだ!」
酒臭い息を撒き散らしながら、唾と共に怒号が降り注ぐ。
「最低、だな、……あんたら」
途絶え途絶えになんとか言うと、「なんだとっ!?」と男は顔を真っ赤にして蹴ってきた。
「うぐぇ!」
「おい、よせっ、ヘダラ!」
見かねた彼の仲間のモヒカンがスキンヘッドの腕を掴んで引き留める。
「くそっ、イラつくんだよ、こういう世間知らずなガキみてるとよ」
「もういいから飲み直そうぜ」
「チッ」スキンヘッドは舌打ちすると床になにかを叩きつけ、
「もう金輪際俺たちの前に姿をみせんじゃねぇぞ」と捨て台詞を吐いて酒場を出ていった。
その場に残された俺は床に倒れ伏せながら、自らの非力さを後悔していた。「なんだよ、終わりかよ」と潮引くようにギャラリーが席に戻っていく。見世物じゃない、と声を荒らげることもできず、俺はただ痛みに丸くなっていた。
「バカだな、ヒラサカ」
サワダだった。元クラスメートは幼い手のひらを使って俺を起こすと、肩を貸して酒場の奥の席に座らせてくれた。
「多勢に無勢だぜ。喧嘩を挑むなら相手を見てやりな」
尤も俺はスキンヘッドの一名にしか相手にされなかったが。
「痛むか?」
「少し……」
死ぬほどの痛みではない。
「そうか。今ちょうど巡礼団が広場に来てるから、聖女に傷を癒してもらえよ。さっきの連中、湿原から逃げられたのは巡礼団に助けられたからなんだ」
「聖女……アメントの巡礼団か」
かつてデーモンに囚われていた俺を助けてくれた戦禍の町を悼む旅をしている団体だ。
「なんでそんなこと知ってるんだ」
「この容姿だと情報をけっこう集められるんだ。お前に話しかける前に聞いたのさ」
サワダは照れ笑いを浮かべて、俺に牛乳の入ったコップを手渡してくれた。
血の味がした。




