カミング バック フォー ユー
コップのぶつかり合う酒場内で、俺たちのテーブルだけが異様に静かだった。
未だに現状が飲み込めない。夢うつつのようにフワフワと思考は纏まらない。室内に充満するアルコールの香りに酔ったのかもしれない。
「なあ、ヒラサカ。おかしいと思わないか?」
サワダは持っていたコップをかつんと音をたてて、カウンターに置いてから、続けた。幼女アリアンの面影はない。
「なにが?」
「魔物が襲来してきたことをさ。異世界にいきなり転移して、一時間もしないうちに全滅だぜ」
「あのバスでのことは、まあ、変だな、とは思うけど」
放浪者ヨイナに各々スキルが与えられて、さあ、これから大冒険が始まるぞ、と勇んでいたときに、デーモンの大群に襲われたのだ。
レベル1の勇者に中ボスが送りこまれたようなものだ。万に一つも勝ち目はなかった。
思い出しても総毛立つ。
血飛沫が上がり、内蔵や脳漿が窓ガラスに張り付いた。俺たちが乗っていたバスは真っ赤な棺桶になったのだ。
「転移して早々に化け物に襲われるなんて、普通無いだろ。だからさ、ヒラサカ、俺はスパイがいたんじゃないかと思うんだ」
冗談を言っている雰囲気では無かった。少女の瞳は真剣そのもので、一切の濁りは無い。
「スパイ……って、そんなまさか。全員殺されたんだぞ。あの虐殺になんの意味があったんだよ」
「ああ。だけどお前とアンティールは生き残った」
酒場の喧騒がどこか遠くに聞こえる。
サワダの憶測は荒唐無稽だ。だのに一笑にふすことができないのはなぜだろうか。
「お前に関しては全くの偶然だったと思う。だけどアンティールはきっちりと前世の記憶を保持している」
「……」
「俺みたいに偶然思い出したんじゃない。最初から全部だ。こんなに不可解なことがあるかよ。噂じゃ赤ん坊のときから言葉を話せたらしいな。妖精のイタズラによる取替子なんて話もある」
それこそが彼女が持っている『輪廻の紋章』の効力だからだ。話がこじれそうだったから、俺はただサワダの話に耳を傾けた。
「そもそもにして闇魔導の探求は複雑だというじゃないか、たかだか五六年で精通するなんてほとんど不可能だろ。下地となる知識があったに違いない」
「つまりどういう事だよ」
「あいつは元々こっちの人間で、俺たちはハメられたってわけだよ」
たしかに言われてみればしっくり来るが、そこまでやって得るリターンが少ない気がする。
「自分を殺してまで俺たちを道連れにする動機なんてないだろ。それに悪いのは全部、あの『ヨイナ』とかいう天使で……」
「お前は『ヨイナ』がどんなやつだったか覚えているか?」
「あ……」
なにも言えず口を閉ざした俺の態度で答えを察したらしく、サワダはしたり顔をした。
「どうやら覚えていないようだな」
「いや、『ヨイナ』がいたのは間違いないだろ。だって、……おれは確かにあの白い髪の女の子を覚えて……」
必死に思い出そうとするが、どうにもうまくいかない。
「具体的に、どんな容姿をしていて、どんな会話をしたか、さ」
「……たしかに」
たしかに、記憶は無い。
サワダはつまり『ヨイナ』は俺たちが見た共同妄想であり、アンティール(の前世)こそが黒幕だと主張しているのだ。
「いや、仮にそうだとしても、理由がないだろ!」
得心が言ったように一人頷くサワダに、感じた疑問をぶつけてみた。
サワダは少し考え込むようにうつ向いてから続けた。
「一つの可能性を見つけ出しただろ」
「可能性?」
「お前だよ、ヒラサカ」
「……俺?」
「死んでも死なない不死を見出だしたんだ。これに価値がないなんて言わせないぜ」
『不死の紋章』は二十四の紋章の一つで、紋章の適正がある持ち主はなかなか見つからないらしい。
だけど、紋章のそもそもの持ち主は俺たちをこの世界に召喚したサイコパス『放浪者のヨイナ』だ。アンティールの自作自演とは到底思えない。
「不自然な点ならまだある。あいつは骨を収集してるらしいんだ。珍しい骨は大枚はたいても必ず手に入れるらしい。アンティールは『死』にとりつかれている。どこかの誰かが言ってたぜ。だからこそヒラサカの『不死』に惹かれてるんだ」
骨を集める。闇魔導の探求者とはいえ、それはネクロマンサーの領分だ。アンティールがなにを思ってそんな不穏な趣味を持っているかは知らないが、彼女のライフワークとは関係ないだろう。
「あいつは信用しない方がいい。本当に俺たちの仲間だったかどうかも怪しいもんだぜ」
疑心に揺らいだサワダの瞳が、酒場の弱い証明に照らされ、美しく輝いた。
クラスメート全員を仲間と言い切れるほど、俺の精神は成熟しきっていない。良いやつの方が多かったと思うが、人間三十人も集まれば性格の悪いやつらも数人はいる。そういうやつらをひっくるめて仲間と呼べる彼の清廉さを敬服する一方で同意はできないな、と感じた。




