草木芽吹く悲しみよ
しばらく行った先に朽ちた絞首台があった。
雨風に腐食し、柱の一本がぽっきりと折れている。崩れた土台の先には毛羽だった縄が転がっていたが、汗かナニかで黒ずんでいて、独特の存在感を放っていた。
中学生のころ、外国人講師が黒板に、解答を間違える度に線を一本引いていき、最終的には首吊りになるハングマンというものを教えてくれだが、俺には色々と刺激が強すぎるゲームだった。
日本人には死のイメージが強すぎるから、不適切と糾弾されても文句は言えないと思う。
見ないように、横を向いたら、
「あ」
風に揺れる雑草が目に留まった。
草の種類には詳しくないが、マンドレイクがそれだとすぐにわかった。
葉っぱは菱形になっており、ナスのそれによく似ている。枯れ草ばかりの環境で、それはあまりにも目立っていた。
何も言わずにじっとそれを見ていたら、
「おおっ、さすがヒラサカさん、よく見つけましたね。誉めてあげますよ」
と、アンティールが感嘆の声をあげた。
「今回一番の活躍をしたヒラサカさんに特別に抜かせてあげます」
わざとらしく拍手をしている。スキル「夜目」のお陰で暗い中でも物探しが得意なのだ。すこし得意になりながら、
「これの根っこが必要なんだろ?」
と早速しゃがみこみ、引っこ抜こうと葉っぱに手をかける。
「ちょっ、ちょっと待った!」
アンティールが珍しく慌てたように声をあげ、マンドレイクの採集を制止した。
「人型の根には男根もしっかりついている、という噂です。わ、私たち女子はちょっと恥ずかしいんで向こうに行ってますね」
と早口で捲し立てるように言うと、早足でミリアさんの手を掴んでアンティールは走っていった。
「あっ、ちょっと……」
ミリアさんがなにかを言いかけたが、アンティールの勢い負けて連れ出されてしまった。
「なんだあいつ」
意外とかわいいとこあるもんだな、とにやついてしまった。きっと『男』に耐性がないのだろう。
アンティールが遠くに行ったのを確認してから、俺はしっかりとマンドレイクの茎を握り、おもいっきり引き上げた。
「ぐっ」
なかなか固い。「ふんぬー!」と唸りながら、足と腰と手に力を込める。
ふわりと濃い草の匂いが漂った。
徐々に土が盛り上がり、根っこが、
「もうちょっ」
ずるずると少しずつ、見え始め、
「とっ!」
完全に抜けた、と思った瞬間。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
耳をつんざく悲鳴がこだました。誰があげたものだと考えられなくなるほどの断末魔。
ん?
俺の声ではない。びっくりして心臓が跳ね上がった。キーンと絶えず耳鳴りが起きている。いまの悲鳴、地面から聞こえたように感じたが、……世の中には不思議なことが……
「……あれ?」
ぐりん、と視界が反転する。
動悸は治まらず、ヌメリと温かいなにかが頬を伝った。手をあて、確認する。また血だ。耳から血が出ている。ぐわんぐわんと脳が揺れている。どうやら鼓膜がやぶ
は?
俺は死んだ。らしい。
「なんで……」
額に手をあてて考える。なぜ、死んでしまったのか。まさか悲鳴を聞いてショック死したのか? ブラックアウトした視界が戻ってくる。状況を分析しようにも、現況は不明だ。
草を握ったまま、ぼぅ、と考えるが答えは出てこなかった。せっかく手にした経験値を手放してしまったことだけは確かで、後悔しても原因がわからない。
土の匂いが鼻孔をくすぐる。
スキルを十分に解放できるほどのポイントを保持していたのに、全部無くしてしまったのだ。
無力感にうちひしがれていると、
「おっつかれさまでーす!」
なにがあったのかわからぬまま、蘇生した俺に、バカみたいに明るいアンティールの声がかけられた。朦朧としていた意識が発破されたように戻ってくる。
「おれは、死んだの?」
耳の穴から垂れた血が、地面に赤く染みている。
「いい死にっぷりでした!」
華やかな笑顔で言うもんだから、こらえきれず思わず彼女の肩にパンチしていた。
「痛たっ! 急に何するんですか!? いきなり殴るなんて野蛮な人ですね!」
「お前、なにか知ってるな?」
「知ってますが、あなたの態度が気にくわないんで秘密です!」
このくそがきゃあ……。
「アンティール……殴られても仕方ないと思うわ。ちゃんと説明したって聞いてたけど、やっぱり嘘だったんでしょ」
ミリアさんが呆れたように言うので、俺は助けを求めるように彼女を見つめた。
「どういうことですか?」
「マンドレイクは地面から抜かれると、悲鳴をあげるの。その叫びを聞いたものは死んでしまうそうよ。本来なら根元に紐をくくりつけ、調教した犬を使い、抜くものなの。犬は死ぬけどマンドレイクは手に入るというわけ」
なんてことだ。
くらくらとする意識を怒りでつなぎ止め、アンティールを睨み付ける。
「お前なんでそれ事前に言わなかったんだよ」
「犬がかわいそうでしょう」
俺は可愛そうじゃないのかよ。
アンティールが殴られた肩を擦りながら唇を尖らせた。
「ここに来る前に植物図鑑を読んでないヒラサカさんが悪いんですよ」
「読めって言ってないだろ」
「言ってませんけど……」
たまらずまた手が出たが、精一杯怒りを押さえてデコピンにしてあげる。
「痛っ! またやりましたね。飼い犬に手を噛まれた気分ですよ。そっちがその気なら、よろしい、ならば戦争だ!」
「もういいよ……」
膝を抱えて、うなだれる。失ったものは戻らない。こいつを奴隷にする道はまだまだ遠くだ。
「あらそうですか。ガッツがありませんね。去勢でもしたんですか」
反論する元気もない。大きくため息をついてから手に持っていたマンドレイクをアンティールに放り投げる。
根の部分はたしかに人型になっていたが、やっぱり俺には大根にしか見えなかった。
「ひとまずこれでミッションコンプリートですね。ドゥメールに帰りましょう」
アンティールはこつんと爪先で俺のくるぶしを軽く蹴飛ばした。




