そうしてからは
「あ」と声が出そうになったのを必死に押さえた。
白日のもとにさらされたミリア・ベッセアートの顔。
あだ名が醜女なので呪いで化け物にされているのだろうと勘繰っていたが、そういうわけでは無さそうだった。
猫耳。金髪。白い肌。……媚びるように俺を見つめる青い瞳に、柳眉の整った顔。
猫耳以外におかしな点など一つもない。
「……」
反応に困る。
そりゃ人とは違うと思うけど、酷いあだ名がつくほどとは思えない。ぷっくりとした頬が可愛らしい女の子だった。猫耳もアクセントになってむしろ良い感じ。……俺はなにを言っているんだろう。
いろんな思いが巡り複雑な表情を浮かべていたのを察してくれたのか、ミリアさんは吹き出した。
「これが私の呪いよ。ベッセアート家の実験動物の怨念が混じってるみたいなの。私は顔面が完全な猫にされてしまったの」
「……完全?」
彼女はそう言ったが、普通の猫とは違って見えた。
ちょっと気合いの入ったコスプレで猫耳少女をやってみました、って感じた。こちらの世界の価値観はよく分からない。
疑問符を浮かべる俺の表情にミリアさんは首を捻った。
「私の姿が醜くて言葉を失ったかしら」
自嘲ぎみに鼻をならすと、少しだけ青ざめて俺を睨み付けた。
「いや、醜くはないです。むしろ、かわいい……なんでその容姿で隠そうとしていていたのかわかりません」
一部のマニアには大ウケの容姿なのに。俺は違うけど。
「へぁ!?」
変な声をあげてミリアさんは、頬を紅潮させ戸惑ったように両手をばたつかせた。普通の女子らしい反応だった。耳がピクピク動いている
「な、なによ、急に。心にもないお世辞を言うのはやめて! なにを考えてるの! あなた!」
「いや、だって、ほんとのことだし」
獣感は薄い。普通に可愛らしい顔つきだ。照れているのかわまるわかりである。獣というよりも普通の人だ。
「こんな、わ、私にお世辞をいったってなんにも……」
あからさまに照れたミリアさんが両手で火照る顔を隠した時、空気が少し冷たくなったのを感じた。
「む……」
ミリアさんも空気が変わったのを察知したらしい。
照れた表情が覚めるように、一気に険しい顔つきになると、周囲を警戒するように見渡した。
「なにかが変よ」
濃霧を晴らすため入口近くのアンティールが温風を絶えず起こし続けてくれている。夏の夕暮れぐらいの気温は常にあったが、一瞬、冷気を感じたのだ。
額から流れた汗の玉が頬をつたい、枯れ草の上に落下した。
「ミリアさん、気を付け……」
俺が忠告するよりも先に、近づいてくる物体を視認したらしいミリアさんは目を丸くしたまま硬直していた。
「あれ……」
人影だ。
こちらに向かって歩いてきているらしい。影が徐々に大きくなっている。
ズタ袋を被った大男だった。両手に大鉈を持ち、緩慢な動きでこっちに来ている。体格はよく、柔道部の顧問を思い出した。二メートルは優にあるだろう。
禍々しいオーラを全身でヒシヒシと感じる。
足音と一緒にガシャンガシャン鉄が擦れる音がした。
一目で理解できた。
そうか、こいつが……アーサーエリスか、と身構える。
崩れ竜を思い出した。
他者を圧倒する存在感。
こいつは高い経験値を持っている。
それはいままで数多くの命を奪ってきたのと同義だ。




