知らない悪魔より知ってる悪魔のほうがいい
暗転。
目が覚めた。
痛みはない。傷もないから、不死はまた問題なく作動したらしい。蘇生というよりも再生に近い奇跡だ。
「はぁ、またかよぉ……」
ため息をついてから、体を起き上がらせて、頬をパシンと叩く。
「ふぅ」
真面目に生きると決めたのに、すでにここに来て四回死んでしまった。
まあなんだ。過去を悔やんでもしょうがない。心機一転心機一転。
これだけの命を手放してしまうのは異常だし、たしかにアンティールの言う通りかもしれないな。
死なないと思うだけで油断になってしまっているのだ。
「ま、また、私をかばってくれたのね」
「ん? ああ。まあ、それが取り柄なんで」
ミリアさんが涙声のまま頭を下げた。表情は包帯でわからないがきっと悲しい顔をしているのだろう。
「アンティール、いまのやつはなんだよ」
服の埃を払いながら、なんだが照れくさかったので、話題を逸らすことにした。
「敗北者でしょう」
アンティールが構えていた杖をとんと地面につけてから、ゆったりとした語調で続けた。
「おそらくアーサーエリスに殺された元冒険者です。肉体は朽ちてもこの先の宝を盗られるのは癪だからと、半ば逆恨みのように怨霊化したんです」
アンティール再度「敗北者。あまりに空虚な存在です」と言った。そいつに二回も殺された身としてはなにも言えない。
「まったくはた迷惑な連中です。こういう怨念がたまりやすい場所にはあの手の輩がよく出てくるんです。大人しくあの世にいってほしいもんですよ」
アンティール肩をコキコキいわせながら、呟いた。
「それにしても霧が濃いですね。視界があまりにも悪い。このままでは私たちに勝ち目はないでしょう」
外壁の一部に亀裂から向こう側が見えていたので、かがみ込んで、中庭を見やる。情景描写しようにも白い霧が立ち込めるばかりで、奥がどうなってるのか一切わからなかった。
「少し休もう。時間がたてば霧も晴れるかもしれない」
「仕方ありませんね。命あっての元種です」
アンティールが頷いた。俺はホッと一息ついてから、崩れ落ちるように地べたに座り込んだ。
「何してるんですか?」
「いや、休憩を……」
「なにバカなこと言ってるんですか。ここで休んたって霧が晴れる可能性は低いですよ。それどころか日が沈んだら暗闇も重なって私たちの勝ち目は完全にゼロです。少し時間がかかりますが、霧を晴らしましょう。魔力使うからホントはやりたくなかったんですけど」
「はぁ!? どうやって!?」
「かつて私の友達だった猪俣ちゃんが教えてくれました」
「猪俣……え?」
アンティールはふんと鼻を鳴らして、微笑んだ。
猪俣摩貴理……はクラスメートの女子でたしか成績優秀者だったはずだ。切れ長の目を持つ美人だったが、我が強く、キツい性格をしていたのであまり人気者ではなかった。理数系の科目では常に百点を採っていた記憶があるが、反面、国語の成績は悪かった、と思う。
「霧というのは大気が冷やされ、空気中の水分が水になった状態のことです。飽和水蒸気量が少なくなったというやつです」
なんで突然こいつ理科の授業始めやがった。
「ど、どういう意味かしら? 魔法の説明?」
ミリアさんがポカンとした表情で呟いた。
「いまその説明が私たちに関係あるのかしら」
「つまり空気が温かいときは水蒸気でいられたけど、冷やされ存在できる水蒸気量が少なくなって水の状態になったのを霧というんです」
「え、でも水だったら浮かないでしょ。アンティールあなたはなにを言ってるの?」
「良い質問ですねぇ」
ニタニタと笑いながら、人差し指を一本たてて、それを教鞭のように振るう。なんだかんだでこいつも教えたがりだ。
「水蒸気から水になったってすぐに落ちるわけではありません。水の粒が小さいからです」
「よくわからないけど……結局何が言いたいのよ?」
「暖かい空気を風として流し込めば霧は晴れるということです。吹き飛ばせばいいだけですから」
にたりと白い歯を見せて笑い、アンティールは俺の方を見た。
「ヒラサカさん」
殊勝な顔つきをしている。こいつがこの表情を浮かべるときは大抵嫌な提案をするときだ。「なんだよ」とぶっきらぼうに訊ねると、
「生きる為に血を流してください」
と良い顔で微笑んだ。




