死屍累々
さすがに死んだらおしまいの女の子を前に行かせるのは心苦しいので、先頭を歩くことにした。石橋を叩くように慎重に進む。敵が居なくなることはなく、中庭につく頃にはヘトヘトだった。
「遅かったじゃない」
中庭に通じる扉の前にミリアさんが憮然とした表情で立っていた。「電車の遅延で遅れてごめん」と言わんばかりにアンティールが軽く手をあげた。
「さすがミリアさんですね。まさか私たちより早いとは思いませんでした」
ちらりと横目で俺を見て、子供には似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべる。なんだ、嫌味か? 俺が遅かったって言いたいのか?
「それじゃあ、行きましょ。いままでの雑魚とは違ってこの先にいるのは脅威よ」
中にいたモンスターを雑魚呼ばわりするなんてどんだけ強いんだこの人。やっぱり俺達いらなかったんじゃないのか。
ミリアさんは持っていた銃を腰のホルダーにしまい、扉に手をかけた。
「……」
所有武器ズルくないか? 刀の時代に拳銃使うのはあまりにも卑怯ではないか。
「それいいですねぇ。今度私にも譲ってください」
「クエスト達成料金をまけてくれたらね」
「んんー、悩みどころです」
アンティールが機嫌良さそうに腕を組んで考え込むようにうつ向いた。
「んっ、のりましょう!」
まじかよ、こいつ。ギルドメンバーに一切相談することなく報酬を代えやがった。そういうの、どうかと思うと、とアンティールを睨み付けるが、気づかれることは無かった。
「ただし、最近開発されたらしい『銀の銃弾』もつけてくださいね!」
「まったく……あなたの情報網の広さには驚かされるわ」
ミリアさんは呆れたように肩を竦めた。
「銀の銃弾ってすごいの?」
と、なんとなく気になったので訊ねる。
「ええ、魔物、とりわけ幽霊によく訊く弾丸よ。開発コストがかかりすぎて量産は難しいけど非常に強力なの」
「銀は清廉なる物質として有名ですからね。例えるならば海楼石で作った弾丸のようなものです」
そのたとえ非常にわかりづらいよ、と
突っ込みながら、目の前のドアが開く。外の空気が一気に流れ込んだ。
霧がかなり深くなっていた。俺のスキル『夜目』や『透視』では視界不良は攻略できない。
このままではなにも見えない状態でマンドレイクなんて探せないだろう。
「なあ、一回霧がはれるのを待ってから出直そ__あ」
真っ当な提案をした瞬間、ビュンと風切り音がして、腹部に衝撃を感じた。「ん?」矢が刺さっていた。
「あ?」
下腹部の肉が抉れている。お臍が二つになってしまったが、アンティールに無痛になる魔法をかけてもらっているので痛みはなかった。
「扉を閉めてっ!」
アンティールが叫ぶ。ミリアさんが慌てて扉を閉めようとした瞬間、細くなったドアの隙間から再び矢が飛んできていた。
「ぐっ!」
「きゃあ」
ミリアさんに横からタックルし、身代わりになる。
「あ」
勢いよくドアが閉まると同時に、ゴリッと頭蓋骨が砕ける音を聞いた。眉間に矢が刺さったのだ。
白目になる寸前に、それを確認する。窓ガラスの雨粒のように垂れる自らの血液が地面に垂れるよりも早く、俺は死んだ。
そして甦る。
再生された肉と骨の壁で勢いよく矢が地面に落下する。
少しだけ目眩がしたが、まだマシな死に方だったので、文句はない。
「大丈夫でしたか?」
尻餅ついて呆けるミリアさんに声をかける。
「私は大丈夫だけど__、え、あなたは平気なの!?」
「ええ。これぐらいなら問題ありません。日常茶飯事です」
「い、嫌な日常ね」
口をパクパクさせながら、ミリアさんが呆れたように呟いた。誰も死なないでよかったと胸を撫で下ろす。
「この矢は……トラップのようですね」
地面に落ちた矢と血痕を人差し指で撫でながらアンティールが呟いた。
「なんでわかるんだ? 死刑執行人かも知れないだろ」
「それはないです。アーサーエリスが生きていた時代のものでは無さそうですし、霧で視界が悪いのは向こうも同じはずですから、ピンポイントに私たちを狙い撃ちにするなんて不可能です。おそらく私たちより先に刑場のマンドレイクを狙っている他の冒険者が仕掛けたものでしょう。……ドアを開けたら発射されるようになっていたようです」
「他の冒険者!? いま来てるのか?」
「……なんだか、嫌な予感がします」
アンティールが浅くため息をついた瞬間、扉が開き、転がるように一人の男が飛び込んできた。フードを目深にかぶった狩人のような風体をしている。側転し、体勢を整えた男は弓をつがえると、俺に向かって矢を射った。
「あっつ」
正確に左胸に刺さる。貫通している。飛びかけた意識で男を観察する。構えた足が透けていた。
矢の照準が俺からスライドするように横のミリアさんにうつる。よろけてしまったが、足の力が抜けるのを気合いで防ぐ。
男の手から二射目が放たれる。真っ直ぐミリアさんの胸に向かって矢が飛んでいく。咄嗟に上体をずらし、倒れるような勢いのまま、彼女に覆い被さった。
「うぐぇ」
脇腹に突き刺さる矢。なんとかミリアさんに当たるのは防げたとホッと一息つく。
「ナイスです。ヒラサカさん!」
アンティールが喜色満面で俺を誉めた。薄れる視界の端で、アンティールの杖が光の鎌のようになり、飛び込んできた男の体を真っ二つにしたのを確認した。
意識が飛んでいく。




