雲と霧の風のなかで
お化け屋敷が苦手だった。
文化祭レベルのクオリティでさえ悲鳴をあげてしまうほどだ。
「大丈夫ですよ。ヒラサカさんが頑張ってくれれば全部解決です」
アンティールは俺が怖がりなのを知ってるくせにニタニタと笑って親指を立てた。
「俺そんなに頑張れないよ」
むふふー、と音を立ててアンティールは微笑む。
「そんなことありませんよ。ヒラサカさんは先の戦いで覚醒したんです。今回もダーウィン賞狙えるぐらいの活躍を期待してます。はい」
「……ダーウィン賞って愚かな死にかたの賞じゃなかったっけ」
次世代に間抜けな遺伝子を残さなかったことを称えて、進化論のダーウィンの名を冠してるいるのだ。
「いいから、それ見てくださいよ」
アンティールは指摘を無視して、俺に手渡した羊皮紙を指差した。
「なんだよ、これ」
俺のプロフィールと所有スキルが載っていた。
ヒラサカ。
十七歳(外見)。異世界からの冒険者。
所属ギルド:髑髏の一団
その他:不死紋章……死亡しても甦れる。
保持スキル
・血の盟約……死亡者のスキルを引き継げる。
・高視力……遠くまでくっきりと見える。
・夜目……暗闇であろうとはっきりと見える。
・透視……物体を透過して見ることができる。
・千里眼……高視力と透視の複合スキル。遠くの景色を遠隔で見ることができる。
・両利き……両利きになる。
・器用……手先が起用になり、扱いの難しい武器も使えるようになる。
・二刀流……両利きと器用の複合スキル。同系統の武器を右手左手で扱うことができる。
・帰還……一度訪れたところにワープすることができる(ただし、契約により、異世界は不可能)。
・正位置……USBメモリスティックを上下間違えることなく一発で挿入することができる。
無邪気な笑みを俺に向け、アンティールは腕を組みながら続けた。
「普通の人が持ってるスキルはせいぜい三つが関の山のところをヒラサカさんは十個も持ってるんです」
「おおー」
自分自身のこととはいえ、自然と感嘆の息が漏れていた。こうして見てみると改めて成長を実感することができる。
しみじみとする俺の横から紙を覗いていたミリアさんが『正位置』を指差しながら聞いてきた。
「一番下のこれってなんの意味があるの?」
「ああ。『帰還』を解放するときポイントが余ったからついでに解放したんだ。将来役に立つかなって思って。正直あんまり意味はない」
「ああ。そう… …」
貧乏性で貯金ができないタイプの人間なので仕方ない。役に立つ算段はゼロだが、解放ポイントが5だったし、ポイントが余っていたからちょうどよかったのだ。
「まあ、そこら辺は本人の甲斐性なんでどうでもいいですが、重要なのはヒラサカさんが不死であり、『器用』の効果であらゆる武器を扱えるという点です」
渡された刀に目を落とす。前に買った刀は虚ろの大穴で折れてしまったので別のものだが、以前と同様切れ味は良さそうだった。黒い長刀は独特の光を放っている。
「シジョウ刑場の死刑執行人は剣の達人ですが、それはあくまでも生前のこと。死者は成長しません。誰も見ていない暗闇で同じ芸を繰り返している自動人形のようなもの。同じパターンを繰り返す怨霊なんかにうちのヒラサカが負けるはずありません!」
鼻息荒くアンティールは謂うとパシンと俺の背中を叩いた。
「さぁ、やってやりましょうヒラサカさん! 肉を切らせて骨を断つ、見せてください、死なずのヒラサカさんの一撃をっ!」
「お、おう」
思わず頷いていた。
うまく乗せられたような気がするが、確かに俺は成長している。やってやれないことはない。ようは死んでも殺せばいいのだ。
崩れ竜の時と同じだ、百回殺されても一回殺せば勝ちなのだ。しかもあのときと違って今回はアンティールがいる。無痛の魔法をかけてくれればとりあえず痛みには耐えられるし、うまくいけばアーサーエリスの経験値で『魅了』を解放できるかもしれない。
「ね、チョロいでしょ?」とアンティールは言葉に出さず、ミリアさんに目配せしていたが、気付かないふりをした。
うまくやれば、このくそ生意気なガキを顎で使ってやれるのだ。貴様はもはや俺の虜だ!
ニタニタと含み笑いを浮かべていたらアンティールに怪訝な瞳で見られた。
やる気が出てきたので、おだてられるがまま、シジョウ刑場に行くことになった。
北にまっすぐ行くった高台に元刑場がある。建てられてから数百年が経過してため、廃墟というよりも遺跡のようだった。ひとけはなく、不穏な空気が漂っていた。建物は至るところが崩れ、かつては白かったであろう壁は風雨にされされ黒ずんでいる。
午前中は晴れていたが、太陽はいつの間にか雲に隠れ、昨日の雨が蒸発したせいか、うっすらと霧が出てきていた。
蔦や植物の根が這っており、数百年前はどのような建物だったのか想像もつかない。
鉄条網に切れ間から敷地に入り、建物の散策を始め、数十分が経過した。




