切りきり舞い
通常のクエストと違って闇クエストは報酬を交渉次第で変えられるのが特徴だ。
依頼人は少しでも費用を浮かせたいから、直接ギルドにサポートとして加わることがあるらしく、今回もミリアさんが俺たちの手伝いに参加してくれることになった。もっとも惚れ薬を作るという依頼の性質上、よほどのことがない限り命の危険にさらされることは無さそうだ。
そういう科学実験はアンティールの領分なので、今回俺ができることといったら、ドモホルンリン○ルみたいに一滴一滴を見守ることぐらいだ。
「ひき肉、たくあん、塩辛、ジャム、煮干し、大福、その他いろいろ……」
アンティールがぶつぶつ呟きながら机に置かれた紙になにやら書き付けていた。
「なに急に」
「材料ですよ、大方揃ってます」
大福とかどこに隠してたこのガキ。食料無いからと、毎日煮干しで飢えを凌いだこと忘れてないぞ。
怒りにうち震える俺を横目で見ながら、アンティールは小さくため息をついた。
「だけど、肝心のものが足りません」
「ベッセアート家なら用意できるかもしれないわ」
ミリアさんが身を乗り出した。なんでも彼女の実家は武器商で財をなした名家らしい。
彼女がその身に受けた呪いは、ベッセアート家が輸出入した武器によって不幸になった者達の恨みによるものだと占い師に言われたそうだが、なんとも眉唾な話である。ベッセアート家が開発した新型の魔法武器はそれまで単発だった魔法放出を連発にする画期的な発明だったらしく、持ち主に勝利をもたらす代わりに多くの死者を出した。
「交易ネットワークを使えば大抵のものが手にはいるわ。アンティール、足りないものはなに?」
「マンドレイク」
「な」
なんだそれ、と首を捻っていると、アンティールが醜悪な笑みを浮かべて呟いた。
「今回もなかなか厳しいクエストになりそうです」
マンドレイクは処刑場に生える根が人型になった植物らしい。古くから錬金術や魔法薬の作成に使われる貴重な原料だそうだ。たまに畑で人間の形をした人参とか大根とか採れるしきっと似たようなものだろう。
「市場に出回っているのは大抵偽物ですからね。一番は自分で採集することなんですが……」
「なるほど。いまの時代、処刑場なんて無いもんな」
「あります」
「あるんかい」
この世界の治安は最悪だ。
「ま、まあ、だとしても管理の問題とかで入れないしな」
「入れます」
フリーダムかよ。
「いまはもう使われていない、死刑場が高台にあります。あれだけ長く運営された刑場ならマンドレイクも生えているとみて間違いないでしょう」
「いや、でもさ、血で濡れた植物を採集するってのも気持ちいいもんではないし」
「怨念がこもってるぶん良質な材料になるから願ったり叶ったりなんですが」
「おれは嫌だよ!」
さらに伝説によると、絞首刑になった男囚が射精し、精液が染み込んだ地面にマンドレイクがなるらしい。絶対さわりたくない。
「問題はそこに行くまでなんですよね」
アンティールは物憂げなため息をついて続けた。
「死刑執行人がいますから」
「誰それ」
「ちょっと説明がめんどくさいのと準備があるんでミリアさんに教えてもらってて下さい」
よっこいしょ、と立ち上がると、アンティールは一切振り返ることなくスタスタとテントを出ていった。
「あ、おい……」
俺の呼び掛けを無視して、そのまま去っていく。風が吹き込み、匂いたつ新緑に咳き込みそうになった。あとに残された俺と包帯ぐるぐる巻き女。
「……あの、えっとお茶でも飲みますか?」
「ええ、お願いするわね」
沈黙を誤魔化すように俺は立ち上がった。
ミリアさんとアンティールはどういう関係性なのだろう、とぼんやり考えながら携帯コンロで湯を沸かし、ティーポットにお茶を注ぐ。
芳醇な香りが立ち込める。
お茶にはうるさいアンティールを満足させるため、試行錯誤したお陰でちょっと自信があった。
あらかじめポットとカップを温めたり、茶葉を蒸らしたりと手間はかかるが、気まずさを時間で誤魔化せるぶん、今は有り難かった。
「さっ、どうぞ」
「ありがとう」
短くお礼を言ってから、ミリアさんはカップの取手を摘まんだ。それから包帯を少しずらし、唇を露出させる。
「ん?」
すこし、違和感を感じた。あんまり見つめるのも失礼なので脇見程度だが、ずいぶんと口が小さいような気がする。
ミリアさんは唇をすぼめてカップに息を吹き掛けた。
「ふーふー」
「……」
「ふーふー」
「……」
「ふーふー」
長い。どれだけ猫舌なのだろう。
しばらく紅茶を冷ませてから、ミリアさんはゆっくりとカップに口をつけた。
「んっ、おいしい!」
声を弾ませて誉めてくれた。
「でしょう。アンティールがわざわざ取り寄せた茶葉なんですよ」
「うん。ほんとに美味しい……」
「ええ。我ながら自信があるんです」
「うん。ほんとに……」
「……」
気まずい沈黙が流れる。友達の友達と二人きりされた時みたいだ。置時計の針の音だけが響いていた。
「あっ、えっと、アーサーエリスって誰なんですか?」
とりあえず尋ねる。
中途半端なところで会話が途切れていたことを急に思い出したのだ。
ミリアさんは紅茶に口をつけてから険しい表情を浮かべて、続けた。
「死刑執行人よ。アンティールが言っていたシジョウ刑場はグランシール王国時代に内乱の戦犯を処刑するのに運営されていたと聞いているわ。アーサーエリスはそこの処刑人だったらしいの。彼に首を切られた罪人は一太刀のもと苦しまずに逝ったんだって。だけど、時の王マグラドレが見せしめの意味合いを強めるために罪人は出来るだけ残虐に殺すようにと命じ、処刑方法は凄惨を極めたらしく、いつしか刑場は四六時中悲鳴が響くようになったという」
「全部王様が悪いじゃないですか」
「治安維持としてまずいと思った役人が陳情し、アーサーエリスに制止命令が下ったけど、彼が処刑刀を離すことはなく、結局彼自身が罪人として裁かれるまで、残虐は止まらなかったんだって」
ギロチンを開発した人がギロチンで処刑された、みたいな話だな、と思いながら、自分の紅茶を一口啜る。嫌な気分がカテキンと一緒に洗い流されるような気がした。
「だけど、話はこれで終わらない。アーサーエリスは処刑されたけど、彼の思念は幾百の死刑囚の魂とで結びつき、怨霊となって現れたの」
「ま、またまた……」
「事実よ。現にあの辺りには良質なマンドレイクが生えているにも関わらず、処刑人アーサーエリスが近付くもの全てを両断するため、採集できたものはいないの。数百年間ね」
一気に話がきな臭くなってきた。死の気配だ。俺の悪い予感はよく当たる。良い予感はことごとく外れるが。
「今回の依頼は俺達以外のギルドに頼んだ方がいいんじゃないかな」
カップを置いてなんとなしに呟く。純粋にそう思った。数百年も採集できていないものを今さら俺達で集められるとは思えなかった。
「お願いよ! もう頼れるのがあなたたちしかいないのよ」
ミリアさんはその場でがばりと土下座した。突然のことで戸惑っていると、テントの入り口をあけて、アンティールが顔を覗かせた。用事とやらを済ませて戻ってきたらしい。思ったよりも早い帰宅だった。
「ヒラサカさん、女の人に頭下げさせるなんて最低ですね」
「あ、ああ、えっと、顔をあげてください」
ミリアさんは弱々しく頭をあげた。
「そ、それで、何してたんだよ」
「だから準備ですよ。はいこれ」
「おっわ」
なにか棒状のものが投げられたので、咄嗟に受けとる。
「これ……」
布が巻かれた一本の刀だった。
「魔法武器の作成用にストックしていたものをケルヴィンの武器屋からとってきました。安物だけど上等なものです。彼には貸しがありますからね。ただで譲ってくれましたよ」
ゆすったの間違いだろ。
「教会で祝福してもらったので、属性に神聖が宿っています。この武器ならば神仙だろうと怨霊だろうと切れるはずです」
「いや、それはわかったけど、いきなり、そんな」
「準備が整い次第出発しましょう。日が暮れる前にはカタをつけたいところです」
「おい、まじで行く気かよ。怨霊がでるって聞いたぞ。洒落になんないって!」
こわい映画が苦手なのだ。ゾンビ映画は好きだけど。




