大人になれなかった星屑に
「まーた、死んだんですか。ホントにどうしようもないヒトですね。ヒラサカさんは」
アンティールが砕けた鎧に修復魔法をかけながら呆れたように呟いた。
「ヒクイドリごときに負けるなんて、まつたく『髑髏の一団』の面汚し……。後始末をする私の身にもなってくださいよ」
そもそも俺が死んだのはこいつの爆発魔法に巻き込まれたからだ。恨みを込めて睨み付けると、アンティールは目を細めて、
「はい、できた。これでまた元気に死ねますよ!」
バシン、と鎧を手のひらで打ち付けて、愛らしい笑顔を浮かべた。
保護してくれた巡礼団の勧めで、俺は旅人が集まる互助会に身を寄せるのことになった。炊き出し等に参加するためには組織に所属していなくてはならないらしく、仕方無しに誰でも歓迎というギルドを選び、ひとまず恩恵に預かることができた。
なんとか食い扶持を得られたと喜んだのもつかの間、今度はギルドとしての仕事をこなす日々が始まった。
俺が所属した『髑髏の一団』はアンティールという少女が立ち上げたただ一人のギルドで、『何でも屋』に近い活動を行っていた。クエスト受注所で成功報酬の高い依頼を受注し、失敗を繰り返す、身の丈を知らないバカの集まりだ。
ギルド規則の『隠し事はしない』にしたがって、ギルドマスターのアンティールに自身の『不死』について正直に告げたのが不味かった。
アンティールは俺に『鈍痛』の魔法をかけ、痛みを感じない状態にしてから、様々トラップが用意された遺跡にけしかけさせた。即死トラップや獰猛なモンスターの攻撃に、はじめは死にまくったのだが、だんだんと慣れてきた自分が怖い。
ヌメヌメとしたスライムのような化け物に取り込まれながら死んだときは気持ち悪くて仕方がなかったが……。
アンティール・ルカティエールは、北の魔導院で天才と称されるほどの実力者だったが、性格に難があり破門になった問題児だ。見た目は五、六歳の幼い少女だが、話し方や性格から察するに実のところ成人しているのではないかと、俺は勘ぐっている。
魔導院を追い出されたアンティールは流れ流れて放浪者の吹きだまりであるドゥメールにたどり着いた。行く当てのない者が集まって出来た町であり、ろくでなしの地平線と揶揄されているらしい。アンティールの元々の目的は魔術探求だが、一人ではどうしても限界があり、人手を求めたが、彼女と組みたがるやつなんているはずがなかった。果ての集落であるドゥメールにすら、アンティールの悪評は轟いていたのだ。
魔導院では禁忌とされていた黒魔術の研究を行っていたらしく、死者の魂を弄ぶ黒魔導は忌み嫌われていた。不吉な黒魔導師が作ったギルドに所属したいと思う馬鹿はいない。事情を知らない異世界人以外は。
本当ならすぐに別のギルドへ転籍願いを出すべきなんだろうが、転職が多いと不利になるのはこちらも同じらしく、とりあえず三年の標語に従って、少なくとも一年は頑張ろうと決意した。
そんなこんなで月日は流れ、なんだかんだで魔物を倒すのも慣れてきた。こんなこと慣れたくないが、魔物を倒さなきゃ経験値が稼げないのだ。そしてこのポイントは『血の上の教会』に常駐している占いババアに能力解放してもらうまでに死んでしまうと失ってしまうと最近知った。つまり俺はモンスターを倒して経験値を得て、死なずに町に戻る、を繰り返して着実にポイントを稼ぎ、『帰還』スキルを会得するのが目的になったのだ、けれど……、
「あー! もう、また死んだんですか! クソザコナメクジですね! まったく!」
ポイントが全然たまらない。死んでばっかだ。世界観が暗黒過ぎる。戦国時代のほうがまだ良心的なんじゃないかと思ってしまう。このままじゃ強くなれないので、他の戦闘用スキルを解放させることにした。急がば回れ、この方向転換で俺は二つのスキルを手に入れた。
『両利き』と『高視力』。
おかげでやぼったいメガネから卒業できたが、50000ポイントの『帰還』までは程遠かった。
「クエストを受注してきましたよ」
「……今度はちゃんとしてるやつだろうな」
クエスト受注所に併設されている酒場の一角で、牛乳を飲みながら、ぼーとしていたら、アンティールに声をかけられた。
「毎回ちゃんとしてるじゃないですか。なにが不満なんですか」
「死にたくねぇんだよ」
「生き返るからいいじゃないですか」
少女は年相応の笑みを浮かべて、机の上に受注用紙を広げて見せた。
『ノールスタッド畜産場跡地 腐れ豚の討伐 成功報酬10000ゴールド 難易度C』
腐れ豚なら何度か相対したことあるが、動きが鈍い雑魚だった。たしかにこの程度の相手なら死ぬことは無さそうだ。火山から漏れ出た瘴気で狂暴化した豚だが、元が家畜なので対処を間違えなければ恐るるに足らない。
「よしっ、行こう」
ちょうどいいポイント稼ぎだ。成功報酬も相場に比べたらかなりのものだったし、依頼主は相当な太っ腹に違いない。
早速クエストの準備を始める。
短刀とアンティールに買って貰った鎧を着込み、ノールスタッド畜産場跡地に向かう。
歩いて一時間ほどの場所に、魔物の出現と荒廃に歯止めをきかず、遺棄された地帯がある。ほうっておくと居住エリアがさらに狭まるので、互助会は腕に覚えがある冒険者を雇い、出没する魔物を討伐しているのだ。
改めてドゥメール周辺の地形に目をやるが、やはりこの世界は歪だった。
町の周辺は荒野と称するに相応しい惨状で、岩や砂地ばかりである。木々は枯れ、水場は少ない。不毛の土地とはこの事をいうのだろう。
ドゥメールには王都で悪さを働いたならず者が多くいる。とりあえずの食い扶持に困ることがないから、やって来るのだ。治安は察するに余りあり、小さな諍いや喧嘩が絶えなかった。
町を歩いていると、王都からやって来た保安官が巡回しているのを見かけるが、それ以外の自治組織からはほとんど無視されているのがドゥメールという町だった。