拍手の音がやんだ
拍手の音がした。エコーがかって花火の音のように弾けて聞こえた。
「小僧、どうやら崩れ竜を倒したようだな。やるではないか」
奥の横穴からおじいさんが現れた。飛び散った崩れ竜の臓物をものともせず、軽やかな足取りで俺の前に立つと目を細めた。
達成感はなかった。おじいさんは真っ直ぐに見つめてきた。
ニタニタと、初めて会ったときと同じ微笑みをたたえながら口ひげを撫でている。
「逝ったか」
やはりそういうことなのか、と項垂れながら「ああ……」と小さく返事する。空虚だ。
「気にやむでない。今際に会えただけでも奇跡よ」
俺のところにゆったりとした動作でくると、おじいさんは静かに右手の袖をたくしあげ、手のひらを上にしてつきだした。
謎の動作に「なんすか?」と訊ねると、少しだけ不機嫌そうに「これ、契約を忘れたか」と語気を荒らげた。
「崩れ竜を倒した際に得られた物の所有権はわしに譲ると誓ったであろう。見ておったぞ、あの小娘からなにかを受け取っていたな?」
「ああ」合点がいって、貰ったばかりのぬいぐるみを差し出す。どのみち地上に戻る手段がない俺には不要なものである。
「なんじゃこれ。ぬいぐるみか?」
「俺たちはこれを求めてここまで来たんだ」
アンティールにとっては『大穴』の調査がメインであり、クエスト自体はどうでもよかったのだろうが、彼女は消えてしまったので、真意はわからない。
「……なんのために、こんなものを」
不可解そうに眉間に皺寄せておじいさんが訊ねてきたので、「さあね」とだけ返事をする。不機嫌そうに一度だけ鼻をならし、ぬいぐるみを返してくれた。
「かようなもの、ワシには不要よ」
俺だっていらないが、なんだかアンティールのカタミのような気がして来たので、懐にしまった。
それにもし万が一地上に戻れたらぬいぐるみをあの女の子に渡さないといけない。
「して、お主はこれからどうするのじゃ?」
「出口を探す。地上のアンティールの肉体に声をかければ目が覚めるかもしれないし」
本人がそう言っていたのた。闇魔術の『幽体化』は本体が誰かに声をかけられると解除されてる、と。
「出口? そんなものここにはないぞ」
笑い声を滲ませながらおじいさんは続けた。
「もう数年、ここにおるが上へ通じる道なんてこの穴の底にはない。地上に戻りたいのなら岸壁を登るしか方法は無いが、『夜行グレムリン』の生息域が崖にあるのでそれは難しいだろう」
パラシュートで落ちてきている最中に俺たちを襲ってきたモンスターのことだろう。長く伸びた白い爪を思いだし、ゾッとしたが、気にしている時間はない。
「そうだろうと、俺には関係ない。死ぬのは慣れてる」
ロッククライミングなんてやったことないが、じっとしているよりはましだろう。なにもせずのここでのうのうと暮らすより体を動かしているほうがずっといい。
「非合理よのう。登りたいというなれば止めはせんが、スキルを開放して、地上に戻ればよかろう」
「不死人を倒すのは抵抗があるんだ」
人型のモンスターは殺すのはどうしても抵抗がある。彼らは数体倒しただけで、新規スキルを三つ解放できるほどの経験値を手にいれたが、できればもう二度と会いたくなかったし、帰還のスキルを解放させるまでやつらを倒すのはどのみち骨が折れるだろう。
めっちゃロッククライミングがうまくなるスキルがあるならワンチャンそれにかけてみるのも悪くないが。
「そうは言うておらぬ。いまある数値で帰還スキルを解放すればよい、といったんじゃ」
「いま?」
先ほど死んだので保有経験値はゼロのはずだ。
疑問に思って首を捻るとおじいさんは堪えきれず吹き出してから続けた。
「現状のお主には帰還スキルを悠々と解放できるほどの経験値が宿っておる」
「え、なんで?」
「崩れ竜を倒したからであろう」
クリーム色の地面は崩れ竜の血と臓物で赤黒く染まり肉片が至るところにこびりついている。爆発の火は完全には消えておらず、燻っているのがわかった。
「で、でも俺も死んで……相討ち……」
「いんや」
「まさか」
自爆で俺が死んで、甦ってから崩れ竜は死んだのか。それなら崩れ竜の経験値が現状の俺に備わっているのも納得がいく。
「そうか」
虚ろな大穴に長年救っていた主だ。それ相応の経験値が手にはいるのも頷ける。
「じいさん、俺の帰還スキルを解放してくれ!」
斜め四十五度でぴしりとお辞儀をして頼み込む。おじいさんは笑い顔を崩さぬまま続けた。
「よかろうて。ただし、対価はいただくぞ。お主はワシになにを差し出すのだ?」
「対価……」
俺は少し悩んで、おじいさんの質問に答え、帰還スキルを開放して貰った。




