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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼虚ろの大穴
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滅死奉公


 全身を包み込む圧迫感に目が覚めた。真っ暗だ。ここはどこだ、と考えたが、崩れ竜の体内だということに気がついた。辛うじて酸素はあるが息苦しく、呼吸をする度に廃棄物処理場のような臭いが鼻孔をついた。夜目を効かせて首を回してみるが、ヌメヌメとした内壁に阻まれ身動きが取れない。

 ここは胃の中だろうか。

 牙により、噛み千切られた俺の肉体は一番大きな部位を中心に竜の体内で再生したらしい。ここまでの回復能力とは思わなかったが、食われてもなお生きている自らの生命力に驚嘆するよりも、恐怖の念が先行した。これじゃあ、完全に化け物だ。不死のことを呪いと称したアンティールの気持ちがよくわかる。

 指を動かす。四肢はついている。

 千里眼を使って、竜を俯瞰するように外側からの視界で観察してみる。

 邪魔物を排除し、元通り地底湖の近くで丸くなって眠っていた。喉の傷口からは血は流れておらず、俺の一撃はイタチの最後っ屁にもならなかったらしい。

 悔しいとは思わなかった。ただ自分の不甲斐なさに情けなくなった。

 体をまともに動かせない現状は余りにも惨めだ。まさしく手も足もだせない。どうすることもできない。まさか竜の腹の中で一生を終えることになるとは思わなかったが、冷静に考えればこいつはただ穴蔵で平和に暮らしていただけの生き物なのだ。ちょっかいをかけたのは俺たちのほうで、いまの状況は自業自得としか言いようがない。

 なにも考えずに眠りたかったが、体内というのは二十四時間働き続ける臓器のせいでうるさくて仕方なかった。

 どくんどくんと鼓動する心臓、脈動する血管、とてもじゃないが安眠は出来そうにない。

「……あ。いや、まてよ」

 体内であれば、脂肪や鱗に邪魔されることなく弱点をつけるのではないか。鬼に食われた一寸法師が如く、崩れ竜の臓器を一つでも破壊すれば、俺は勝利を手にすることができるはずだ。あとはなんとか腹を穿てば、脱出は容易いだろう。妖刀で貫きさえすれば、これ以上ないってくらいの大逆転。妖刀は……。

 千里眼を使い、探してみるが、見当たらなかった。どうやら俺と一緒に噛み砕かれて飲み込まれたらしい。

「そんな……」

 武器がなければ結局、どうしようもない。スキルをフル活用し辛うじて見つけたのは砕けた破片だった。微かに動かせる指で、手元にあったボールペンぐらいの破片を手繰り寄せる。つまんでみたが、これでは、せいぜい血管に小さな傷をつけるのが関の山であり、大動脈瘤破裂でも祈るしかない。

「はぁ……」

 大きく息をつく。

 ここではなにもできない。気のせいか露出した肌がピリつくし、もしかしたら胃酸などで、俺を消化しようとしているのかもしれない。長居をしていたら、自殺することもできないし、限りなく自然死に近い形で、不死スキルが及ばぬところで天国に召されることだろう。たとえ、溶かされることはなくても、お腹は減り続け、行き着く先は餓死である。

 食べ物として消化されながら、食べ物を求めるなんておかしな話だ、と自嘲ぎみに笑う。竜の寄生虫も同然だ。


 それにしてもここは酷く臭う。腸内だからだろうか。環境に慣れるのに時間がかかりそうだ。

 時間はたっぷりありそうだし、反省会でもしよう。

 まず崩れ竜にほとんどダメージを与えられなかったことが敗因にあげられる。

 出鼻を火炎に阻まれたせいだ。まさか火を吹くなんて思わなかった。まだ頭がファンタジーについていけてない証拠である。こちらの世界には火を扱う野生生物が多くいるのに。

 先日、アンティールにどうやってモンスターが火を吹くのか尋ねたことを思い出した。


 その日は行商の馬車を『ヒクイドリ』から護衛する依頼を請け負っていた。ヒクイドリは体長一メートルほどの巨大な鳥型モンスターで、群れをなし、馬車を襲うのでドゥメールの住人は嫌われていた。とても素早く、嘴を打ちならしながら火を吹くので、討伐には骨が折れた。

「なんで鳥が火を吹けるんだよ」

 燃える枯れ草に用意していたバケツの水をぶっかけ延焼を防ぐ。荒野の岩場とはいえ、山火事は洒落にならないので、アンティールが事前に用意していたものだった。日本じゃ考えられない野生生物の生態にキレながらした質問にアンティールは手のひらを水平に掲げながら答えてくれた。

「体内にアルコールや揮発性の高いガスを生成してるんです。それを噴き出すと同時に歯や嘴を打ち、着火してるんです。ゆえに」

 彼女の手のひらの上にはボーリング球ぐらいの大きな火炎球が出来上がっていた。

「火を使う魔物の弱点は大抵が火です。体内のガスに引火しますからね」

 それを馬車の幌に向かって投げつける。群れをなしていたヒクイドリの一体にぶち当たった時、とてつもない大爆発がおこった。連鎖的に発生する爆発と断末魔。渓谷が轟音にふるえる。飛び散る肉片を愉快そうに眺めながら、

「へっ、きたねー花火だ」

 とアンティールは呟いた。


 こうして自らの手で守るべき馬車を破壊したアンティールのせいてクエストは失敗、俺に至っては、爆発に巻き込まれて死んでしまうし、まったくもって最悪な思い出だ。復讐してやろうと恨んできたが、いまは怒りも何もかも通り越して、虚無感だけが付きまとっている。

 目を閉じる。

 彼女との思い出がさらに遡り、日本での平和な暮らしがまぶたの裏に甦ってきた。

 アンティールはクラスメートの一人。

 それだけで救うに値する。

 でももうどうしようもない。

 頭を抱えたかったが、手足が動かせないのだ、代わりに握りこぶしを作ったら持っていた刃の破片に手のひらを切ってしまった。

「痛っ」

 鋭利な破片だった。

 そうそうに消化してくれることを祈ろう、と滲み始めた血液にげんなりしながら、ひとりごちた時、ふと、アンティールの言葉がよみがえった。

「火を吹く魔物の弱点は大体炎」

 刀には火属性の魔法を宿らせていたはずた。ちょっとリキむだけで、炎を刀身にまとわらせることができる。

 欠片になってもその力はあるのだろうか、と破片を改めて握り、祈りを捧げた。

 そうか。

 閃光。

 白い光。

 意識があったのはここまでだ。

 痛みは一瞬で過ぎ去り、それが爆発だと気づいたとき、俺はすでにこの世にはいなかった。

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