焼死千万
武器の扱いが上手くなる『器用』と腹の中のアンティールの位置を特定できるようにするため『透視』、それから暗いところでも見通せる『夜目』の三つのスキルを解放してもらった。洞窟に落ちたときに倒した餓鬼の経験値で解放できるのはそれぐらいだった。
『器用』のお陰で刀は自然と扱えるようになっていた。料理人が長年使っている包丁を握ったときのような安心感がある。
一つ驚いた事がある。もとから持っていた『両利き』と『器用』で複合スキル『二刀流』が解放されたのだ。まさかそんな機能が宿っているなんて思わなかった。加えて『透視』と『高視力』で複合スキル『千里眼』を解放することができたが、どちらも今回は使いそうになかった。
物事はずっとシンプル。
簡単だ、と自分に言い聞かせる。竜の腹を裂けばいいだけ。相手は熟睡している爬虫類だ。親父が中学生のときカエルの解剖したと自慢気に語っていたことを思い出した。羨ましくもなんともなかったが、今にして思えば、ちゃんと生物の機能について学んでおけばよかったと後悔している。
新しく習得したスキル、千里眼を使ってみる。離れていても対象の位置を補足できる有能スキルだ。使えないと思っていたが、前言撤回、これは思っていた以上に優れている。
暗いところを見渡せる『夜目』も効くので、目標までのルートを予習できた。『崩れ竜』は地底湖を抜けた先の広い空洞部で丸くなって眠っていた。竜といっていたが、ヘドロが巨大なトカゲの形をしているようにしか見えない。肥えた竜がここまで醜くなるとは思わなかった。地下の澱みを取り込みすぎてしまったらしく、飛ぶ機能を完全に失った羽が折れた傘の骨のように垂れ、角は脂肪に埋もれていた。
穴の底の竜はこいつで間違いないだろう。
妖刀カーヴァンクルを携えて、俺は地底湖の崩れ竜の前に立った。イビキをかいて寝ているので、接近に気づかれることはなかった。生ゴミのような臭気がする。脂肪が膨らみすぎて、鱗が剥がれ、刃は簡単に入りそうだったが、内蔵まで届きそうに無い。
ダメージは与えられても致命傷にはならないだろう。
どうしたもんかと思案する。
アンティールの霊体を『透視』で確認すると大分内部にあるのがわかった。食われてしまったというのは本当らしい。ぼんやりと発光しているためしっかりと確認できないが、グダグダしていたら消化されてしまう。まったく動く気配はないので、気を失っているのだろう。
そういえば、と出会ったばかりのアンティールが言っていたことを思い出した。
竜には八十一枚の鱗があり、そのうち顎の下にある逆向きに生えた鱗は『逆鱗』と呼ばれ、触れるだけで激怒するのだという。
「それすなわち弱点ということですよ。まあ、全部の生物が顎の下が弱点なだけですけと」
今目の前にいる『崩れ竜』は熟睡し、近づいても目が覚める気配はないが、呼吸の度に腹が動いているのが分かる。回り込み首の下を見てみるが、鱗は脂肪により剥がれ落ちているため、存在を確認できなかった。
どうであろうと関係ない。
決意を固める。どんな生物であろうと顎の下は弱点だ。
カーヴァンクルを構え、力を込める。ぼんやりと赤く光り、俺は大きく踏み込んだ。
「おらっあ!」
ぐいっと肉を裂き、刃がズブズブと入っていく。嫌な感触だが、二の足を踏むわけには行かない。
「ぐぉおおおおお!」
当然ながら、崩れ竜は悲鳴を上げて起き上がった。首をあげようとする力は凄まじく引っ張られそうになったが、『器用』のスキルを最大限活用し、顎を真一文字に引き裂いた。血煙が上がり、全身が朱に染まる。
大きく首を振られたので、吹き飛ばされてしまった。どしんと背中から壁に叩き付けられる。意識が飛びそうになったが、なんとか繋ぎ止め、暴れる崩れ竜を観察する。
首をブンブン振って、血を飛ばしまくっているが、致命傷にはなっていないらしい。泥々とした血溜まりを作っている。まだダメージを与える必要がありそうだ。
再度、刀の柄を握る。魔力を纏わせて炎を這わせる。
気合いの雄叫びをあげ、今度は生物共通の弱点の一つである眼球目掛けて駆け出し、
「ぐぉおおおお!」
しまった、と思ったのは一瞬だった。
熱と轟音。
吐き出された火炎に俺は包まれた。




