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不死スキルは弱い方です  作者: 上葵
▼虚ろの大穴
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恋と気づくには遅すぎた


 日が暮れていく。

 可能性だけを感じさせる夕焼け空は、数分もしないうちに、深い夜に染まっていく。

 湖畔に腰を下ろし、アンティールに事情を説明する。彼女はなにも言わず、無言でうつむくだけだった。

 日が暮れる僅かな瞬間、洞窟にいた大量のコウモリが群れをなして、上空に飛び立っていった。数千匹はいるだろう。鳴き声をあげながら、風を切っていく。獣の咆哮のような羽音が、洞窟内部に響き渡った。慌ててはしっこに避難して、野生の神秘を口をぽっかり開けながら観察した。

 紫色の空を悠々と飛行するコウモリの群れは帯状に列を伸ばし、まるで一つの生き物のように空を飛んでいく。

「タイやマレーシアでは夕暮れ時にああやって群れをなして飛ぶコウモリから『竜』を想像したそうです」

 岩場に足を組んで座っていたアンティールが退屈そうに教えてくれた。大穴に出る竜というのはあれのことだったのか。

 空を飛べない俺たちは、もがくことさえ出来ず、夢を見るように彼らを眺めた。数十分飛行したコウモリの群れは太陽が沈みきってから申し合わせたかのように一斉に戻ってきた。

 あとにはまた静寂が残る。プラネタリウムみたいな満天の星空を眺めながら、力なくその場に腰を下ろす。星明かりが眩しく、空腹を忘れさせるほど、美しい光景だった。

 アンティールはなにも言わない。もしかしたら、彼女も諦めたのかも知れない。ここから脱出することは不可能だ。

 目を細めて星を眺める少女の横顔を見て、なんとなく切ない気持ちになった。

「なあ、アンティール、結局、お前は誰なんだ」

「アンティール・ルカティエール。七歳と十一ヶ月。イレブンマンスッ!」

「いや、そうじゃなくてだな」

 ちょいちょいいれてくる漫画のパロディが寒い。

「お前が日本にいたときの名前だよ」

「……それを知ったところでどうするんですか」

 アンティールはじっと俺を見つめた。視力を失っている瞳は何を映しているのだろうか。

「過去は変えられないし、死んだんだから、どうしようもないんですよ」

「そうだとしても気になるじゃん」

 誰がどんな風に生きたら、こんなに性格がひん曲がっちゃったのか気になるのだ。

「ふぅん。ちなみに誰だと思うんですか?」

「三枝」

「……なんで?」

「漫画好きだったから」

「ハズレですし、そもそも三枝さんは男の子じゃないですか」

「生まれ変わったら女になりたいって言ってたから……」

「ああ、私としたことが、確かにそうです。前世の性別は関係ありませんね」

 む、その反応を見るに、前世も女子だったに違いない。

「安藤、伊沢、宇城!」

「数うち当たる戦法止めてください。私の前世がどうあろうとあなたには関係ないでしょ」

 呆れたようにため息をつかれた。

「せめてヒントくれよ」

「はぁ。めんどくさいですね。じゃあ、一つ教えてあげます。私はあなたが嫌いでした」

「……」

「現在進行系で」

「え、なんで?」

「んー。まあー。これは逆恨みかも知れないんですけど、なんでヒラサカさんなんだろうって」

 アンティールは自嘲するように鼻をならした。

「どういうことだ?」

「私、好きな人いたんですよ。ああ、もちろんヒラサカさんじゃないです」

 わざわざ言わなくていいです。

「でもその人もバスのなかでぐちゃぐちゃになって死んで、私も……。みんな死んだんです。誰一人として残らず……だから、生まれ変わってこの身体になったとき、やり直そうと思ったんです」

 過去を変えられないと言ったのは、彼女だ。

「闇術を学んだのも、みんなをどうにか甦らせられないかと悩んだ末でした。禁忌らしく研究は遅々として進みませんが。そんな時にヒラサカさんに会って、なんでお前が、お前一人だけ生き残ってるんだ、って思いました」

「んんー。まあ、死んでも死ねなかっただけだからな」

「ええ。それに、みんなの魂はスキルとしてヒラサカさんに宿ってるんだな、と思ったら、少し好きになりました」

 アンティールは感極まったようにうつむいてから、ハッとした表情を浮かべ、

「少しだけですけどね」

 と強調した。

 可愛らしく照れる少女の瞳になんだか見覚えがある気がしたが、いったい誰だったかは思い浮かばない。

「なあ」

「ん、なんですか?」

「誰が好きだったん?」

「むっ」

 みるみる赤くなっていく少女。

「なんでそんなこと言わなくちゃいけないんです」

「墓場まで持っていく話だって墓場過ぎたんだからいいじゃん。気になるし教えてよ。委員長とか?」

「言いません。絶対言いません!」

「わかったわかった! じゃあ、俺も好きな人言うから」

「えー……」

 この照れた感じでモジモジする動作、満更でもなさそうだ。押せば折れてくれそうだ。

「誰にも言わないから! 約束する! いっせーのせっ、で言い合おうぜ」

「ええー、なんでそんな修学旅行の夜みたいなテンションなんですかぁ」

 デレデレしていつもの澄まし顔のアンティールではない。女子高生時代を思い出しているのかもしれない。

「言ったらもう二度と前世の話しないって誓ってくれますかぁー?」

「誓う誓う。絶対もうしない」

「んー、なんか胡散臭いなぁ。それにちゃんとそっちも好きな人教えてくださいね」

「もちろん」

 よし、ちょろい。所詮アンティールも女子だ。恋バナに乗っからないはずがない。

 でもなんで俺はこいつとこんな話してるんだろ。別にそこまで知りたいわけじゃないけど、心奥を語り合うとなんだか打ち解けた気がして好きなのだ。

「じゃあ、言い合おうぜ」

「ぜったいですよぉー」

「おお、行くぞ、いっせーのっ」

「さわ――」

「……」

「ちゃんと言ってくださいよ!!」

「ごめんごめん、俺が好きなのは」

 お約束の流れをやった瞬間だった。

 ばしゃり、と水が弾ける音がした。

 湖の一部が盛り上がり、巨大な舌のようなものが飛び出してきた。咄嗟のことだったがなんとか避ける。水しぶきが上がって、水族館のイルカショーのように波うった。

「この気配っ、さっきの!?」

 地底湖とこの水溜まりは通じていたらしい。まずいことなった。

 話に夢中になりすぎて、魔物の接近を見逃すなんて、とんだ間抜けだ。

 俺たちは慌てて、駆け出した。




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