ロンググッドバイ
高速バスが濃霧によってスリップし、森沢高校一年二組の教師含む三十二名全員が行方不明になってしまった。
現時点では死亡ではない。なぜなら、バスごと異世界に転移したからだ。京都に行く予定だったのに。
悲壮感漂う始まり方だが、大多数のクラスメートは希望に胸を高鳴らせ、新しい生活を始めることを決意した。というよりも、そうせざるを得なかったのである。
転移時には適正に合わせて個人個人にスキルが与えられると、バスを運転していたヨイナが言っていた。荒廃していく世界を救ってほしいと、バスごと一クラス丸々拉致ってきた自称天使である。悪魔の間違いだろ、と全員が思ったに違いないが、各々に与えられたスキルや武器はまさしく異世界での冒険の始まりといった風で、口では文句を言いつつもみんなどこか興奮を隠しきれずにいた。大抵の奴がチートスキルで無双することを望み、新生活に胸を弾ませたが、そういう奴らは数分もせずに、今度こそあの世に旅立った。
草原に停車していたバスは無数の悪魔の襲撃にあい、乗客全員が死滅したからだ。そう全員。俺だって死んだ。
でも生き返った。
俺に与えられたスキルは『不死』だったのだ。
肉塊になったクラスメート。血みどろの棺桶になった車内で目を覚ました時、目の前に牛頭の化け物が立っていた。ハロウィンのできの悪いコスプレのようだった。沸き起こる恐怖から叫び声をあげたら向こうも驚いた顔をして、ドタマになにかを撃ち込まれた。閃光のように走り抜ける痛み。飛び散る脳漿、真っ赤に染まる視界。暗転する意識。
数秒で目が覚めた。再び牛頭と目が合い、今度は向こうも同時に悲鳴をあげていた。振りかざされる棍棒。昏倒する意識。
そして、再び目を覚ます。
こうしたやり取りを経て、やつらも俺の『不死』に気がついたらしい。感づかれてからは早かった。麻袋に詰められて、あれよあれよと言う間に、どこかの土牢に閉じ込められてしまった。
それから長い年月が流れた。
どれぐらい経ったのかも覚えていない。ただひたすらに時間が過ぎた。
頭のなかで反芻するのは楽しかった日々のこと。きらめく青春と平和な日常。母との会話、友人との他愛のない雑談。
願っても戻らない日々。
俺は殺された続けた。
魔物の目的はわからないが、どうやら俺を使って人殺しの訓練でもやっているらしい。なぜこんな苦行を強いるのかわからなかったし、考えるのも苦痛でやがて無心になった。
そこでの日々は筆舌にしがたい地獄だった。
あまり思い出したくもない。
ある日のこと。
土牢のまえでいつか俺を殺した牛頭が、鉄格子の向こうで「こいつはなんなんだ?」と言った瞬間、そいつの頭がスイカのようにぱっくりと割れた。日本語喋れるんかい、と驚く間も無かった。
巡礼団が魔族狩りのついでに俺を助けてくれたのだ。
戦禍の村落を悼む旅をしている聖女アメントの護衛部隊であり、奇跡の御業で病人の傷などを癒してまわるボランティアサークルみたいな連中らしい。
巡礼団の案内で、一番近くの集落、ドゥメールに移送されることになった。魔族の実験台よりは数百倍もマシな展開なので文句はない。
異世界からの来訪者の処遇を判断する為にと、町外れの教会に連れていかれた。礼拝堂にはしわくちゃな占星術師の婆さんがいて、そいつの判断で、俺は無害と判断された。
「アメントの言うとおりなかなか興味深い体質をしてるねぇ……。あんたには不死の紋章が宿っている。これにより、あんたは死ぬことがない。難儀な身体をもったものだねぇ。それよりも面白いのはあんたには沢山のスキルが宿っているところさ。完全には自分のものにできていないみたいだけどねぇ……」
婆さん曰く、こちらの世界の住人は、他者を殺害したときに、相手が持っていた経験を奪うことができるらしい。いまいち言葉が難しく、完全には理解できなかったが、テレビゲームで置き換えて考えると、そこまで複雑な話ではなかった。つまり、モンスターを倒したときに得られる経験値を振り分けることで眠っている能力を発現することができるのだそうだ。
「不死は正確にはスキルじゃない。それは呪いのようなものだからね。天使に与えられたね? あんたのスキルは『血の盟約』だよ」
呪いの意味がわからなかったが、訊ねる機会は与えられなかった。『血の盟約』は死者の能力を引き継げるレアスキルで、おかげで、死んでいったクラスメートたちの能力を身に宿したのだ。
だが魔物を倒したときに得られる経験値を振り分けを行わないかぎり、真に自分のものにはできないらしい。
いまいち順応しづらいシステムだったが、こちらの世界がそのように廻っているのなら、郷に入っては郷に従うのが礼儀だ。
日本に帰れるスキルはないのか、と肩を揺すぶったら、婆さんは所々抜けた歯を見せて笑い、教えてくれた。
『帰還』。一度行ったことがある場所に飛ぶことができる。解放ポイント、50000。
俺の目標が決まった。