第一話
目の前に広がるのは、見慣れない真っ赤な絨毯。
頭を伏せているため、前に座っている人の顔は見えない。
(はぁ...。早く終わらないかしら。)
私は、この城の空気が苦手だ。皆が品定めするような目線を向けてくる。今日は、私の16歳の誕生日。この国で16歳は成人。令嬢は結構相手を探し始め、令息は家業の勉強を始める。
(どちらにしろ、私には関係ないことだわ。)
この時間が早く終わってくれないかと、考えていると、謁見室によく通る声が響いた。
「リラ・クラーク、顔を上げろ。」
言われた通り、顔を上げると、見慣れない祖父の顔があった。
「久しぶりだな、リラ。」
「お久しぶりでございます、陛下。」
久しぶりに会った祖父の顔は前と変わらず、逞しかった。
「お前も、もう16か。早いものだな。どうだ、暮らしは変わりないか。」
「はい、変わりありません。ルークが良くしてくれますから。」
チラリと、斜め後ろに目線を向けると、ルークが頭を下げたような気がした。
「ルークもよくやってくれているな。」
「滅相もございません。好きでやっていることですから。」
ルークは私の従者。といっても、ルークもれっきとした貴族。本来なら、私の従者などする必要はなかった。が、祖父が指名し、今は一緒に暮らしている。
(本当なら、ルークも私の従者なんてやる必要なかったのに...。申し訳ないわ。)
私は、王族の血を引いているが、王宮では暮らしていない。つまり、王族として認められていない。クラークという家名はあるものの、これは父の家名。父の家は下級貴族だったと聞いている。
今の私に、貴族としての力はない。ルークの家は、貴族の中でも上級の中に入る。いくら次男とはいえ、普通に暮らしていれば、今よりもっといい暮らしが出来ていたのに。それにルークは、容姿も整っている方だと思う。小さい頃から一緒にいるため、よく分からないが、社交界にいれば、人気者だっただろう。
「レオもリラに会いたがっていたんだが、生憎職務が入ってね。ひどく残念がっていたよ。」
「レオお兄様が...。そうだったのですね。後日、お手紙でも出しておきます。」
私には、多くのいとこがいる。なかでもレオお兄様は、よく可愛がってくれている。でも、今日王宮にいないのなら、早く帰れそうだ。
「陛下、もうそろそろ失礼致します。他にも、挨拶にきてらっしゃる方も多いでしょうから。」
「うむ、そうだな。また会おう。それまで元気でな。」
「はい。それでは失礼します。」
深々と礼をして、謁見室を後にする。使用人から案内されて、ルークと馬車に乗り込んだ。王宮が見えなくなると、今まで静かだった車内に声が響いた。
「疲れたわ」
「お疲れ様です」
少し体勢を崩し、楽にする。
「なんで16歳になったからと、わざわざ王宮に行かなければならないのかしら。見た?あの貴族達の蔑むような目!私だって、行きたくて行ったんじゃないわ!」
「お気持ちはわかりますが、まだ城に着いたわけではありません。誰が聞いているかわからないのですから、もう少し我慢してください。」
少しムッとしたが、正論なので、私は外に目をやった。馬車はもうすぐ森の中に入ろうとしていた。
「あの、これから先は森で馬車では入れないんですが...」
御者が申し訳なさそうに言ってきた。
「構わないわ。ここで下ろして。」
私がそう言うと、御者がドアを開けた。支払いはルークに任せ、馬車が出発するのを待った。馬車が走り去ると、私とルークは顔を見合わせた。
「リラ様、手を。」
ルークの手に私の手を重ねると、魔法を使って城に瞬間移動した。
「やっぱり、自分の家が一番落ち着くわ。」
「紅茶を入れましょう。座っていてください。」
ソファに座り、頭に巻いていたスカーフを取った。途端に、真っ白な髪の毛が露わになる。ルークが入れてくれた紅茶で一息ついた。
「なぜ、髪を隠さなければならないんでしょうね。...とても綺麗なのに。」
私は自分の髪に目を向けた。そこには、真っ白な髪の毛先が渦を巻いていた。
「綺麗、かしら...」
ぼそっと呟いた一言は、ルークには聴こえていないようだった。