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断る理由はない。正確には断れない。おいそれと追い出すなんてできない。
ただ展開が急すぎる。記憶喪失の俺にとっては初対面にも等しい女の子が急に同居人になるなんて。
本当、事実は小説より奇なりだ。
夜。
イリスが風呂に入っている間、俺は頭を抱えていた。
帰国を決めていないイリスがいつまでいるかわからない。俺を心配する気持ちもあるんだろうし、俺としても無視してしまった分それに応えなくてはいけない。
でもさすがに今日から同居というのは戸惑う。女の子との同居の経験はない。そもそも記憶喪失も治っていないし、記憶喪失である自分もまだちゃんと受け入れられていないのに。日常生活までも変わるとちょっと整理が追い付かない。
何より、不純だ。男と屋根の下で一緒は…イケないにおいがする。
とりあえず今日は泊めて、明日泊まるホテルを確保しよう。父親からの仕送りをうまく捻出すれば費用はどうにか確保できるだろう。
「和嵩?トリートメントとかない?」
「ごめん、そういうのはないんだ」
「そう。明日買いに行かなきゃ」
住む気満々だな。彼女としては好意で来ているわけだし、無碍にはできない。
ただ…俺の理性がもつか心配だ。俺だって男だ。記憶は喪失したけど性欲は喪失していない。いつどこかで爆発するかわからない。
いやでもそこを乗り越えなければいけないんじゃないか…しかしそこは俺のモラルの問題ではないのか…。
答えの出ない葛藤に苛む俺の背中に気配があった。
「ドライヤーどこ?」
ショートパンツのルームウェア―をまとい、バスタオルを肩にかけたイリスが俺の背後に立っていた。
おおう…改めてみるときれいだな。プロポーションも…いい。
「和嵩?」
「あ、あぁ!ごめん。脱衣所の棚の上の方にあるよ」
「サンクス」
イリスは早々と脱衣所に戻っていった。
マズい。ヤバい。エロい。ちょっと興奮してきた。
「ねぇ」