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目が覚めた時は午後2時になっていた。時差ボケを修正するために寝ているというけど、結局生活リズムが尋常じゃなく狂っている気がする。本当にこれが正しいのかわからない。
俺は一度寝室を出て、歯を磨きにいった。リビングにフェリシティの姿はなく、セーフハウスの中に人の気配は感じられなかった。まだ寝ているのだろう。
歯を磨き終えた俺は寝室に戻り、スマホを手に取った。連絡を取るにはまだ少し早い。俺は少しでも記憶を思い出そうと、ひとまずベッド上で頭をひねる。蘇った記憶を一つ一つ並べ、再整理する。蘇った記憶はトータルで半分くらい。俺がアメリカに到着し、留学生活を開始して慣れてきた段までだ。時期的には6月中旬…イリスがニューヨークに入ったと思われる時期だ。このタイミングで俺とイリスはまだ再会していない。
そう考えるとトムソン夫妻はかなり徹底的にイリスを隠していた。フェリシティが言うように、訳ありの人を匿うことに慣れていたようだ。少なくとも今の俺の記憶にはイリスの気配はない。毎日顔を合わせていた俺に一切感づかせないようにしていたのだろう。
どれだけ記憶を巻き戻してもイリスの姿は出てこない。新たな記憶が蘇る様子もない。
煮詰まった俺は寝室から出て、冷蔵庫を開いた。中には冷凍食品やソーセージやベーコンといったジャンキーな加工食品ばかりが入っている。アメリカ人らしいといえばアメリカ人らしいかもしれないけど…。フェリシティの健康が心配になる。
俺は中に入っていたパンとチーズを取り出した。さらにフライパンを用意し、その上で焼く。映画で見たチーズトーストだ。タイトルは忘れたけど、アン・ハサウェイ演じる主人公の恋人が作っている奴。同じような仕上がりにはならなかったが、鮮やかなきつね色と香ばしい匂いが食欲をそそるなかなかの一品が出来た。
手作りのチーズトーストを頬張り、牛乳を飲んでいるとフェリシティが起きてきた。深夜の時と同じようなTシャツとスウェット姿だ。寝癖がすごいことになっている。
「おはよう。あら、料理していたの?」
「簡単なものだけど」
「私の分も作ってくれる?同じものでいいわ。私はシャワー浴びてくるから」
そう言ってフェリシティはさっさと浴室に入ってしまった。
俺は頼まれたままに、同じチーズトーストを作る。2回目の方が気持ちうまくいったような気がする。
シャワーを終えたフェリシティがリビングに戻ってくる。なぜかガウンを着ていた。
「その恰好って…」
「何か問題が?」
「あるわけじゃないですけど…」




